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5. 何年後にも花はひらく
「ごめんね。驚いたでしょ」
久しぶりに彼女と再会したのは、あの汐見公園で彼女と話してから1ヶ月が経った日のことだった。悠人に詰められてからすぐに彼女に会いにいくつもりだった。しかし、僕はどうしてもあの日彼女が「覚えてる?」と言ったことを、思い出さなければならなかった。
散々悩んで彼女の求めている答えを探した。出会った頃から今までの日々を思い出す作業は、果てしなく長く答えが見つかるかも分からなくて不安がどっと押し寄せた。
心当たりがないと思うとまた最初から「思い出す」作業をやり直す。なにか、忘れていることがあるはずだ。もし思い出せなかったら、美雨のことは諦める。その覚悟で探した。プレッシャーで身を切られる思いをした。でも、僕のこの痛みは、彼女が感じている心や身体の痛みと比べれば、きっとどうってことない。
そして昨日、僕はついに「答え」を見つけたのだ。すかさず美雨に連絡を入れた。
「会いたい」
実に一ヶ月ぶりのメッセージだった。
彼女はすでに、悠人が教えてくれた病院にいた。検査入院だと言っていたが、それが本当なのかは分からない。しかし今は彼女と話をすることが先決だった。
「ああ。めちゃくちゃびっくりした」
「だよね。急だったもん」
心なしか、彼女の声色にいつものようなハリがない。というか、以前よりも口調が柔らかくなった気がする。
僕たちは患者さんたちが散歩をすることのできる病院の庭で落ち合っていた。
よく晴れた日曜日の午後。二人並んで椅子に座る。こうしてゆっくり彼女と話すのが、なんだか久しぶりに感じた。高校2年生の夏、彼女との関係がギクシャクしたものになってしまってから、必要以上のコンタクトをとることを避けていたのかもしれない。
上を見上げると視界の端まで広がる青空。隣から、彼女が放つ独特の良い香りがした。
「体調は、大丈夫なのか」
「ええ。今日はだいぶ良いみたい。隆貴が会いに来てくれたからかな」
なんだ。
なぜこんなに、今日の彼女は素直なのだ。
見たこともない幼なじみの心の変化に、僕は戸惑いを隠せない。と同時に、胸がどきっと高鳴るのを感じた。
「良かった。今日は、これを君に見せに来たんだ」
僕はカバンから、“それ”を取り出して、彼女の目の前に差し出す。
「約束したよな。僕たち、ずっと一緒にいるんだって」
彼女の目が、みるみるうちに開かれて、僕と僕の手の中にある“それ”を交互に見つめた。
「やっと、思い出してくれたんだね」
「ああ。遅くなって本当にごめん」
僕が持ってきたのは、一通の手紙だった。
汐見公園の桜の木下に、この手紙は埋まっていた。
タイムカプセルだ。埋めたのは、小学校を卒業したばかりの僕と彼女。
きっかけは一ヶ月前、彼女が「ヒントは、ここ」と言ったことだ。
僕は汐見公園での全ての記憶を呼び起こし、ようやくあの日のことを思い出したのだ。
『ねえ、ここにしようよ。ここならきっと、何年経っても忘れずにいられる』
彼女が頬を赤く染めて、そう僕に提案してきたのだ。
少し色あせてしまったけれど、作成した6年前からほとんど変わらない状態でそこにあった。
『10年後のわたしたちへ。
なにがあっても、10年前のわたしたちは一緒にいます。
だから、10年後のわたしたちも、ずっと一緒にいられますように。
美雨・隆貴』
たったそれだけ。とても単純な言葉だった。
でも、それがどんなにか彼女の心の支えになっていたのか、今なら分かる。
「嬉しい。私、隆貴のことずっと好きだった。あの夏休みから、気まずくなっちゃっても。隆貴が私を好きじゃなくても。だから、見つけてくれてありがとう」
恥ずかしそうにはにかむ彼女が、僕にはたまらなく愛しい。
「美雨、ごめん。僕は美雨を、傷つけた。……大事だったんだ。だからこそ、美雨とどう接していけば良いから分からなくなって。後悔してる」
「うん」
「これからは絶対、美雨のこと離したりしない。僕は美雨が、好きだから」
「……ありがとう。ずっと不安だったから今とても嬉しい。私も隆貴が好き」
二人とも素直じゃくて、ずっと胸に抱えて言えなかった言葉。とても簡単で、でも伝えるには勇気がいる言葉。
僕たちは、ようやく歩き始めることができるのだ。
「美雨、今日はここでもう少し話そう」
「ええ。私の病気のことも、今から話すね」
見上げた空がこんなにも青く澄んでいることにこれほど感謝したことはないだろう。
手紙を書いた時の「10年後」まで、あと4年。
その頃にはもっと、二人の前には困難が立ちはだかっているだろう。彼女の病気がどれほど深刻なものなのか、僕はこれから受け止めなければならない。
けれど、どんなことがあったても彼女を支えよう。4年後も彼女が笑っていられるように。
彼女は僕の左手に自分の右手を重ね、すうっと息を吸った。
【終わり】
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