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ハジマリ
白いレースのカーテンが初夏の風に揺れている。窓は大きく開かれ、カーテンが翻るたびに日の光が躍る。殺風景な部屋の中には小さなローテーブルと、白い革張りのソファが置かれていた。テーブルの上には、何も飾られていない花瓶。
窓際には、真っ白なベッドが置かれていた。白いカバーがかかった布団と、清潔なシーツ。転落防止のために取り付けられた金属製の柵が、どこか冷たい雰囲気を感じさせた。病院の一室。
ベッドで眠っているのは、二十代半ばの男だった。顔色は青白く、ひどく痩せている。霧島恒哉。それが男の名前だ。
もう夜が明けてだいぶ時間がたつというのに、男は目を覚まさない。死んでいるわけではない。ただ、眠っているだけ。医者には異常なしと診断されたのに、恒哉は、もうずいぶん長いことこうして眠っている。
コンコン。
静かな部屋の中に、突然ノックの音が響いた。返事を待つこともなく、ドアが開けられる。入ってきたのは、恒哉と同じ年代の男だった。痩身で、背の高い男だ。黒いパンツに、黒いシャツ。色素が抜けて茶色くなった髪。
男は静かにドアを閉めると、恒哉の眠るベッドの脇に立った。
「恒哉。まだ、寝てるのか?」
恒哉は、返事をしない。
「もう、四年だな」
黒服の男は静かに続ける。
「瑞葉のやつ、まだ必死におまえを捜してるんだぜ」
答える声はない。
「いい加減、戻ってきたらどうだ?」
部屋の中に、沈黙が満ちた。
男はふっとため息をつくと、テーブルに向かい、白いソファに腰を下ろした。テーブルに、何枚ものカードが置かれる。タロットカードだ。
「いい加減に起きろよ。こっちだって、おまえみたいなのをいつまでも面倒見るのはごめんなんだ」
本心なのか判断のつかない口調で言いながら、男は裏返したままのカードをテーブルの上で混ぜた。
「だいたい、ふざけんなよ。おまえがいないと、人手不足だってのに」
男はぶつぶつと呟きながら、占いを続けている。
「自分のせいだって、いつまでもギャーギャーうざいやつもいるし」
長い指先が、一枚のカードをめくった。カードには、ラッパを手にした天使と、棺から出てくる死者の絵が描かれていた。
審判のカード。
不気味な絵柄だが、意味するものは死ではない。
「……恒哉」
男が驚いた表情で、ベッドに目を向けた。恒哉は、相変わらず身動き一つせずに眠っている。その呼吸はどこまでも正確で、乱れることもない。手の中のカードにもう一度目を向け、男は呟いた。
「復活、か……」
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