さらに約束を探す少年

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さらに約束を探す少年

 一夜明けた今日は、二十八メートルの近的坐射(きんてき ざしゃ)と六十メートルの遠的立射(えんてき りっしゃ)を見てもらった。  射位で一度座って矢を(つが)え、その後立って矢を射る的前(まとまえ)坐射(ざしゃ)もみっちりやった。大学や一般の大会での審査はこれが基本だからだ。  座って矢を射る座射も、昇段審査の評価などにも関わってくる大切な動作だ。  じっちゃんの指導を受けて、忘れていたものを取り戻せた。技術ではなく心。成果も称賛も欲も捨てた無心。心が射に影響を与える原因。 『はる坊、弓は楽器と同じく心の動きを映すものだ。腕の力でも指の力でも技術でもなく、心で奏でるものだ。射の数で練習量を誇るべきではない。一射一射を丁寧に、これが最後と思って心で引け』  その弓道場からの帰り道だった。またあの少年が広場で探しものをしていた。 83b971ea-80cc-4243-a9cf-cabe955e20d3 「じっちゃん、あの子、約束を探してるらしい」木陰から少年を指した。 「約束? なんでそんなもんを失くす」  じっちゃんは目をすがめた。無理もない。 「あの子、見たことがあるような気がするんだが」 「じっちゃんも?」 「はる坊もか?」 「うん。だからね弓道やってたかって聞いてみたんだけど首を傾げてた」 「まてよ」眉間を険しくしたじっちゃんが少年を見つめ続ける。 「はる坊、ちょっとうちに来る時間はあるか?」  顔色を変えたじっちゃんの声に、春陽は頷いた。  じっちゃんが持ってきたのはアルバムだった。それを(めく)っていく。 「これだ」  顔を寄せると、あの少年が写っていた。道衣を着て。 「あ、弓道やってたんだ」 「はる坊、問題はそこじゃない」  じっちゃんが写真の上で指を滑らせた。写っている女子を見て、春陽は息を呑んだ。 「え、これ、あたし?」 ──はるちゃん、(かい)は弓を持つ左手が強めだよ。右手はそれを支える程度に引き込めばいいんだ。  誰かと過ごした濃密な時間。  それはきっと大切な、とても大きな欠片。
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