挽歌

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挽歌

 葬送(そうそう)の列が延びる。悲しみの数だけ延びる。(ひつぎ)を載せた車をひく人たちは歌う。(いた)みのうたを歌う。古来より人が挽歌(ばんか)と呼ぶ歌が、静かに辺りに降り積もる。(むせ)ぶ声が、聞こえる。 77950739-95ad-43d3-b148-dc8d0d43eaf3 「なんで?」茫然と母を見た。  ゆるりと首を振った母が受話機を置いた。色を失っていく景色と耳にしたばかりの言葉が信じられなくて、春陽(はるひ)はただ目を見開いていた。悪い夢から這いだすみたいに。 「ねぇお母さん、なんにも悪いことしてないのに……なんで?」  隣の部屋のテレビのように、自分の声が遠くに聞こえた。 「これから車で迎えにくるって。菅野(かんの)先生、泣いてらしたわ」 「約束したのに」 「残念だったけど」 「残念って、なに?」  安易に言葉を発した母が見知らぬ人のように思えて、背中を向けた。ぷくっと歪んだ景色が、夢じゃないんだと胸を殴りつけた。 「お母さんなんて嫌い!」玄関に走ってシューズを履いた。 「落ち着いて春陽(はるひ)!」背中を声が追ってくる。 「嫌いだから!」ぶつかるようにドアを開け、外に走り出した。  今になればわかる。あれはやり場のない、理不尽な怒りだったのだと。 「はるちゃん」  緑色に吹く風に乗って、柔らかな声が両手を広げてくれた気がした。あれは小学五年生、忘れえぬ日になるはずだった夏の日。
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