プロローグ

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プロローグ

聖子(せいこ)! おい、聖子!」  遠くで誰かが私を呼んでいる。  中学校に上がってすぐ、女子の間でペットネイルが流行(はや)りだした。  指先を華やかに飾りたて、おまけに仮想ペットまで手に入る、オシャレとペットのコラボレーション。  そんなふれ込みで、駅前のガシャマシーンで手に入れることができるカプセルトイ――ペットネイルは、自分をかわいく見せたい年ごろ女子たちのマストアイテムになった。  そしてそれはすぐ、女子だけじゃなくクラスの男子、それどころか学校中に、あっと言う間に広がった。  、という口コミと共に。  やっとの思いでネイルを手に入れた私は、その日のうちにまさかのネイルバトル。  初の対戦相手は、幼なじみの(たける)と、彼のペットのキツネだった。  ネイルバトルでクラスの頂点に君臨する健とのバトルは、誰もが息を飲み、手に汗握るギリギリの戦いだった。 「聖子、聞いておるのか!」  うるさいなぁ、今いいところなのに。  苦闘の末、勝利の女神は私にほほ笑んだ。  健は悔しそうに唇を噛み、ガックリとうなだれた。  私は自慢のペットを指先に呼び戻し、そんな健にスッと手を差しのべた。  昨日の敵は今日の友。  健は私の手を取って、「ありがとう」とつぶやいた。  私の元にはこの先も、恐ろしいほどの強敵が次々とやってくるだろう。  私と健は手を組んで、そんな相手を蹴散らしていくんだ。  これからも、ずっと。私の大切なペットと一緒に。  私の指先…… 「聖子! いい加減、起きんかぁ~!!」  まばゆい光の中にぼんやりと浮かび上がる、おじさんの顔。おじさんの、顔……おじさんの、顔!?  バチッと大きく目を開けた私を、ふわりふわりと浮かびながら見おろしている白装束の小さいおじさん。 「ギャッ!」ともれそうになる声を必死にガマンして、私はモフモフのクッションに顔を押しつけ布団に潜り込む。  暗くて、暖かくて、やわらかくて。気持いい布団の中で、私はまた夢の世界へ誘われ…… 「早う起きんか、このブショウモノが!」 「イタッ!」  布団の上からなにかでたたかれて、私はしかたなく芋虫のように布団から這い出た。  手のひらくらいの大きさのクセに、その三倍はありそうなハリセンをブンブンと振り回すおじさん――コバヤシさん。  どこから出したのよ、そのハリセンは。まったく、なんておじさんだ。暴力反対。  土曜日。学校は休み。枕元の目覚まし時計は十時半を指している。  もうすぐお昼なのに、昨日は遅くまでコバヤシさんの話を聞いていたから、まだ眠たい。 「聖子~! いつまで寝てるの~!」  一階からでも耳に突き刺さるお母さんの声に、クッションで耳まで押さえてフカフカのベッドの上を転がり回る。 「ヤダ~、もっと寝たい~」 「お主はどこまでものぐさなんじゃ。健と約束しとるんじゃろうが。(はよ)う寝床から出てこんか!」  バシッと音を立てて、ハリセンが私の頭にクリーンヒット。痛い。まったく容赦ない。  うすいピンク色のクッションをキュッと胸に抱きしめて、私はベッドに腰掛けプクッと頬を膨らませた。  約束なんてどうだっていいよ。  もう一度寝て起きたら、昨日のことは全部夢でした、ってならないかな?  初めて買ったペットネイルを健に取られちゃったこととか。せめて、百歩ゆずって、コバヤシさんだけでもで夢であってほしかった。  チラリとコバヤシさんを見る。  ハリセンを持った白装束の小さなおじさんが、ぷかりぷかりと浮いている。  見ているだけでイラっとする。ため息しか出てこない。  ペットネイルとは一体なんぞや?  こんなバカげた話、一体誰が信じてくれるって言うのよ?
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