第一章 それは昨日、ネイルバトルから始まった

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 制服のまま部屋のベットに飛び乗って、モフモフのクッションに顔を埋める。  頭に浮かぶのは学校でのこと。  泣いてなんか、ない。生まれて初めて手に入れたネイルは取られちゃったけど、泣いてなんか……あ、また目が熱くなってきた。  中学校に上がるまでずっとガサツだ男女(おとこおんな)だと、女子なのにガキ大将みたいに扱われてきた。中学生になって変わった周りの雰囲気に流されたワケじゃないけど、もうちょっと女の子らしくなろうって思ったんだ。  けどそれが逆に、健との間に距離を作った。  クラスメイトの視線が気になって、健に話しかけることができなくなってしまった。  最初はただ、買ったネイルをつけて健に自慢したかっただけだ。  小学校の時のように気楽に話をして、柄にもなく生まれて初めて買ったオシャレアイテムをつけた私を見て、「似合ってるよ」なんて言ってほしかった。  それなのに、なんで私は健とネイルバトルなんてしたんだろう?  初めて手に入れたペットネイル――サイを見て、フツフツと欲が湧いてきた。  こんな重戦車のようなペットに勝てるペットなんているの? このネイルならバトル常勝の健にも勝てるかもしれない。なんて本気で思ってしまった。  正直に言えば、テングになっていた。バカにしていた。健もキツネも。    だから、思わずバトルを挑んでしまった。逆にコテンパンにやられたけど。  ただ、健と久しぶりに遊べたのはちょっとだけ嬉しかった。それなのに……  私はクッションに顔を擦りつける。  ダメだ、こんなことしていても始まらない。  またネイルを買いに行かなきゃ。売り切れてないといいけど。 「今度こそ、絶対勝ってやるんだから!」  健がバトルの前に言っていた。「ちゃんと馴らしてきた?」って。  その時は、何を言っているのかわからなかったけど、家に帰って紀子の犬を見ていたら気づいた。もしかしてと思って説明書を読んだら、ちゃんと書いてあった。裏側に小さい文字で。  ペットネイルはその名前の通り、遊んだり命令したりしてペットと仲よくならないと、言うことを聞いてくれないって。  紀子の犬はとっても馴れていた。  ペットを馴らすって、そういうことだったんだ。  手に入ったのが嬉しくて、昨日の夜は机に出したサイを眺めていただけだ。仲よくなっているワケがない。  バトルの時に、私の言うことを聞かなかったのもムリはない。  今度はちゃんとペットと遊んでやって、私の言うことを聞いてくれるようにしなきゃ。このままだと、何度新しいネイルを買っても、健どころか他の子たちにも勝てやしない。  私は負けるのが大嫌いだ。勝負は勝たなきゃ意味がない。  ギュッとクッションを抱きしめたまま起きあがる。  お尻でポヨンと弾んで、机の前で着地する。  財布、財布、財布はどこだっけ?  机の一番上の引き出しを開ける。ゴチャゴチャした引き出しの中に放り込まれた小銭入れを取る。 「聖子ー! 玄関の段ボール箱、蔵に片づけておいてって言ったでしょ!」  まるで餃子のように、パンパンにふくらんだ小銭入れの中身を机の上にひっくり返す。  百円玉は、えっと、九枚。残りはもっと細かいお金だからガシャマシーンには使えない。  たった三回しかできないけど、無駄遣いしてきた自分のせいだから、ここは涙を飲もう。 「聖子ー! 聞こえてるのー?」 「聞こえてるったら! あとでやるから!」 「今やりなさい!」  一階から響くお母さんの声を聞くと、私のやる気がしぼんでいく。せっかく今からネイルを買いに行こうと思っていたのに。  おじいちゃんが子供のころよりもずっと前からある古い蔵。お宝が眠っているなんて話は聞いたことがない。ただの物置。そもそもウチは、そんなにお金持ちじゃない。  蔵に入るのイヤなんだけどな。雰囲気が、ちょっとしたホラーだから。
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