第二章 小さいおじさん

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 下駄箱の中から赤茶けた大きなカギを取り出して、段ボール箱の上に乗せる。そのまま段ボール箱を持ち上げた。  重たい。健に手伝ってもらえばよかった。  玄関を出て右手に、場違いな古めかしい蔵がある。物置という名の蔵が。  一階部分は焼け焦げたような黒い板張り。二階部分は少し表面が削れた白い土壁で、小さなひさしの下に窓がある。  段ボールを足元に置いて、赤茶けた鉄製の観音開きの扉に手をのばす。  半分さびついた南京錠に鍵を……あれ?  鍵を差し込んで初めて気づいた。南京錠が開いている。  まさか、ドロボウ!?  なんて、そんなことあるはずない。  ただの物置だもの。金目の物なんてないんだから。きっとお母さんか誰かが締め忘れたに違いない。  南京錠を足元に置いて、それでもドキドキしながら錆びたかんぬきを横にずらす。金属が冷たい。  この扉を開けるの嫌いなんだよね。手が汚れるから。  ギギギギとオバケ屋敷で聞こえてきそうな耳障りな音を立てながら、うす茶色の重たい扉が開く。  ひんやりとした、どこか怪しい空気が蔵の中から流れ出る。ホコリくさいと言うかカビくさいと言うか、古びた家のにおいがする。  この雰囲気も好きになれない。  薄暗いのが気味悪くて、扉の隣にあるスイッチを手探りで探す。パチッと火花が散ったように、ぶらさがった裸電球がオレンジ色の明かりを灯した。  それほど広くはない蔵の奥は、真っ白なホコリが積もった木や段ボールの箱が山積みになっていた。  一面雪が降り積もったようなホコリだらけの床板に、山積みになった荷物へと続くクツの跡。それも、まだ新しい。  誰の足跡だろう? 私の足よりも大きいということは、お兄ちゃんかな?  ガタガタガタン、カランカラン、コン、コンッ!  心臓が口から飛び出すかと思った。  私が足元の段ボール箱に手をのばした時、奥の荷物が大きな音を立ててくずれ落ちた。  舞い上がったホコリが裸電球の光でキラキラと輝いている。  どうしよう。これは私のせいじゃない。勝手にくずれ落ちてきたんだ。今、これを片づけてたらネイルを買いに行けなくなる。  このまま出かけちゃおうかな? でも、お母さんにバレたらあとが怖いし。  仕方がない。散らばった箱を適当に積み上げて、見栄えだけでもなんとかしよう。そうと決まれば一秒たりとも無駄にはできない。  ふわりふわりとホコリが舞う蔵の中へ、一歩足を踏み入れる。  ギシッギシッ……ギシィッ!  悲鳴のような床板の音に胸がドキンと飛び跳ねる。こ、怖い。  物置にしか活用されていないクセに、怪しい雰囲気を醸し出すのはヤメてほしい。  ゴキブリとかネズミとか、いないよね?  目を細めてホコリの海に潜り、転がった荷物に手をのばす。靴の先がなにかをコツンと蹴った。私は手探りで足元を探す。指先が、なにか小さいものにふれた。 「校章?」  拾いあげたのはピンバッヂ――影西中の校章だった。なんでこんなところに校章が?  どうしていいものかわからず、とりあえず校章をスカートのポケットに押し込む。その時、なにか硬いものを踏んだ。今度はなに?  だんだんと晴れていくホコリの中、足元に転がる四角い…… 「フタ、かな?」  白っぽい木でできた、スマートフォンくらいの大きさの、たぶんフタ。なにか文字の書かれた破れた紙が貼りつけてある。  古びた箱に貼られた黄ばんだお札のような紙に、ミミズの這いまわったような変な文字。 「まさか、今ので破れたんじゃ」  ザッと血の気が引く。大慌てでフタを拾い上げ、くずれた荷物をあさる。  このフタは、なんのフタ? 隠しても大丈夫なもの? お母さんに怒られたりしない? 「あった!」  拾いあげた白い箱。フタと大差ない深さの木の箱の中に、白い毛のような綿のようなものが入っている。  フタを合わせると、ピッタリ。破れた紙のギザギザも一致する。間違いなくこの箱だ。けど、中身がない。辺りを見回してもそれらしいものは見当たらない。一体、なにが入っていたんだろう?  お母さんにバレないように、これは荷物の下の方に隠して、と……あっ。  くずれた箱の山の中に、空の箱と同じ箱があった。けど、フタに紙は貼られていない。つまり、開けてもお母さんに怒られない箱だ。  この箱の中になにが入っているのかを確認すれば、さっきの箱の中身がわかるかもしれない。  何が入っているのかな?  箱のフタをゆっくりと持ちあげる。開ける時は重たくて、開いた瞬間フッと軽くなる。どれだけピッタリ作られているんだろう。 「爪……だよね、これ? ネイル?」  敷き詰められた毛のような綿のようなものの上に、爪が五枚並んでいた。 「なんでこんなものがウチの蔵に?」  五枚が五枚、全部違う色。それぞれが原色に近いハデな色。その爪、一枚一枚に筆で書いたようなヘンテコな文字が書いてある。 「え――っと、よ、読めない」  まったく読めない。サッパリわからない。小さな箱に並んだ爪は綺麗だけど、わからないことだらけで不気味だ。  フタの側面に、焼き印のような焦げた星のマークと黒い字がある。 「守護――爪? 守護爪(しゅごづめ)ってなんだろう?」  昔はつけ爪のことを守護爪って言ったのかな? 指を守るから?  横に長く平たい箱に並んだ五枚の爪――守護爪。  箱だけを見るととても新しいものには見えないけど、全部違うデザインのつけ爪なんて今風だ。  今までオシャレに興味がなかった私から見てもすごくカッコいい。  箱に並んだ爪をつまみ上げる。  一番左の爪がどれよりも大きいから親指だとすると、私が持っている黄色の爪は人差し指。  足元に残りの爪が入った箱を置いて、黄色い爪を右手の指先につけてみる。ピッタリだ。  この爪からペットがボワンと出てくれば、わざわざ駅まで買いに行かなくても済むのに。なんて、そんな都合のいい話があればいいのに。  ペットネイルは最近発売されたばかりのカプセルトイ。ウチの蔵から出てきたのはたぶん昔のつけ爪。  そんなワケないよね、なんて考えながら指先を振る。フフッと笑いながら何気なく。  人差し指の黄色い爪から立ち上る、真っ白なケムリ。私はビックリして、慌てて手を顔から遠ざけた。  私の指先から上がったケムリが徐々になにかの形を作る。 「ななな、なに!? お、おじさん!?」 「誰がおっさんじゃ!」 「イタッ」  ぼんやりと光る小さいおじさんが、わらじを履いた足で私の鼻をポキュッと蹴り上げる。私は目をパチパチさせて鼻を押さえた。  ダボッとした白い服に同じ色の袴。髪を頭の上でお団子のようにひとつにまとめた神主さんみたいな格好をしたおじさんが、涼しい顔でふわりふわりと浮いていた。
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