第二章 小さいおじさん

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 まさか、本当にペットネイルだったなんて。そもそもペットネイルって人間が出てくることなんてあるの?  これって、もしかして…… 「サル?」 「サササ、サルじゃと!? お主はどんな目をしとるのじゃ!」  私は慌てて耳を押さえる。頭の中までキーンと鳴る。小さな体に大きな声。 「しゃべった!?」 「そりゃあ、しゃべりもするわ!」  本当に、うるさい。なんなの、このおじさん。私、逃げていいかな?  そうだ。ペットネイルなんだから、ネイルをはずせば……  ん? あれ? なんで? 「と、取れない」 「なに!? まさか!?」  おじさんが蔵の中を飛び回る。縦横無尽に、まるで落ち着きがない。  目につく端から段ボールの山をヒョイヒョイと持ち上げては引っくり返す。 「どこじゃ、どこじゃ! どこ行った?」  片づけようと思っていた段ボールや木箱が、さらにグチャグチャになる。ぼう然としていた私はハッと我に返って、飛び回るおじさんをむんずと掴んだ。 「ヤメてー! 誰がこの散らかった蔵を片づけると思ってるのよ!」  私の手の中でジタジタと身をよじるおじさん。 「コラッ、離せ! いきなりなにをする! く、苦しい……」 「あ、ごめんなさい」  慌てて緩めた私の手からスルリと抜け出して、おじさんはブルッと小さな体を振る。危なかった。あやうく握りつぶしちゃうところだった。  一体、なんなのこのおじさんは?  ペットとしてはかわいくもないし、オシャレでもない。しゃべるし、怒るし、うるさいし。おまけに、ネイルははずせないし。  そうだ、健に聞いてみよう。  私はポケットから出したスマホに指を這わせた。 「もしもしもしもしもしもし、健? ペットネイルがはずれないの。ペットじゃなくておじさんなんだけど」 「は!? 聖子ちゃん、なに急に? 落ち着いてよ。なにがあったのさ?」 「だからぁ! ネイルが、おじさんで、飛び回って、しゃべって、キャッ!」  私の目と鼻の先で、おじさんがニヤリと笑う。ゾクッと背筋に冷たいものが走り、私は思わずおじさんを振り払うように両腕で顔を覆った。 「ちょっ、聖子ちゃん! どうしたの? なにが、うわっ!」 「健! 健、どうしたの?」  返事がない。けどスマホの画面はまだ通話中だ。 「健! 健ってば! 今の叫び声、なに!」  あれ? そう言えば……おじさんが、いない。消えた。  あたりを見回す。蔵の中はしんと静まり返っている。おじさんの姿は見当たらない。  夢? ネイルから出てきたおじさんにビックリして健にまで電話をかけて、もしかしてそんな白昼夢を見ていた?  でも……しんと静まり返った蔵の中でスマホに視線を落とす。画面はさっきから変わっていない。健のスマホとつながったまま。  私は恐るおそる、握り締めたスマホを耳に…… 「……健?」 「よっこらしょっ!」  耳元で聞こえたおじさんの声に、慌ててスマホを目いっぱい遠ざける。  スマホの画面からにゅっと顔を出すおじさん。キョロキョロと辺りを見回して私と目を合わせると、ニヤリと得意げに笑った。 「………………ぎゃぁぁぁぁ!!」  思わず放り投げたスマホが、転がった段ボールにぶつかってゴトリと床に落ちる。  怖い怖い怖い。なに、このおじさん。もしかして、ホラー? ペットネイルなんかじゃなくてユウレイ? このネイルの持ち主だった人のユウレイ? 私、さっきユウレイ握り締めたの?  床に転がったスマホからニュッと這い出てくる怪しいおじさん。 「もうヤダ。早くネイルを買いに行きたいだけなのに、なんで私がこんな目にあわなきゃいけないのよ!」 「お主、御守じゃろ?」  え、本気で怖い。なにこのおじさん。なんで私の苗字を知ってるの? 小さいストーカー?  スマホからポンッと飛び出したおじさんは、蔵の奥の積まれた荷物に姿を消す。そして、ひとつの箱を肩に背負って戻ってきた。  さっき、私が隠した小さな箱。破れた紙が貼ってある白い木箱。おじさんが出てきた爪の入っていた箱と、同じような木箱。  自分の背丈ほどもある箱を軽々開けて中を確認すると、おじさんは小さなため息をついた。 「やはり、な。さて、どうしたものか」 「ななな、なによ? その箱がなんなの? 言っとくけど、中身なんて知らないからね。私が見つけた時には、なにも入ってなかったし」  おじさんが片目を大きく開けて、ギョロッと私を見る。小さいクセに眼力がすごい。 「わかっとるわ。誰もお主が盗ったなどと言うておらんじゃろ。その爪は持ち主を選ぶでの」  おじさんが私の指先を指さす。  おじさんが出てきた黄色いネイル。白木の古びた箱から出てきた、ツヤツヤのネイル。このネイルが取れなくなったことと、もうひとつの空っぽの箱。そこにどんなつながりがあるのかサッパリ……あれ? 「今、盗ったって言った? 盗まれたってこと?」 「わざわざ封印を解いて、な」 「ってことは、蔵の鍵が開いていたのって……やっぱりドロボウ!?」  一大事だ。ウチの蔵に泥棒が入ったなんて。 「どどど、どうしよう? 警察に電話するの? や、その前にお母さんに言わなきゃ。でも、盗まれたものがなにかわかんないし」 「落ち着かんか。あとでゆっくり説明してやるで。そんなことより、ひとつ頼みがあるんじゃがの」 「ヤダ! もう、どこか行って!」  ネイルバトルには負けるし、初めて買ったネイルは取られちゃうし、紀子にはバカにされるし、お母さんには段ボール片づけろって言われるし、ネイルは取れないし、小さい変なおじさんが出てくるし、スマホは……おじさんが驚かせるから投げちゃったじゃない。壊れたらどうしてくれるのよ。弁償してもらうから。  スマホ……そうだ、健。健ならどうすればいいか教えてくれるかも。  急いでスマホを拾い上げて健に電話する。  呼び出しの曲が鳴る。鳴り続ける。健は出ない。なんで? 「健は? 健はどうしたの? なにかしたでしょ!」 「心配せんでもいい。それよりお主、ネイルバトルでその健とかいう小僧に勝ちたいのじゃろ?」  思わず電話を切る。  ごちゃごちゃしていた頭の中がスーッと覚める。  ゴクリと息を飲んで、不信感いっぱいにおじさんを見つめた。 「な、なんでそんなことを知ってるのよ」 「わしが勝たせてやろう」  おじさんが私の足元に空の箱を放り投げる。カランとかわいた音が蔵の中に木霊した。 「盗まれた箱の中身を探すと約束してくれたらの」 「イヤッ!」  出た、出た。お約束だ。よくある交換条件――要するに私を利用しようって魂胆だ。 「だって、そんなの警察の仕事でしょ!」 「警察ごときでどうにかなるもんではないわ」 「なんで私が怪しいおじさんの頼みを聞かなきゃいけないのよ!」 「ネイルバトルに勝ちたいのではないのか?」 「自分の力で勝つからいいもん。片っぱしからコテンパンにしてやるんだから」 「勝てやせんて、お主では」 「なんでよ! そんなのわかんないでしょ?」 「はんッ!」  鼻で笑われた。本当に腹が立つおじさんだ。  次に健とバトルするとき、このおじさんを出してやろうかしら。で、ボロボロに負けちゃえばいいんだ。 「はずせないぞ?」 「は?」 「お主が箱の中身を探し出さねば、その爪ははずすことができんと言うておるのじゃ」  ズルい。そんなの卑怯だ。  大凶だ。仏滅だ。あ、今日は十三日の金曜日だ。  もう、散々だ。本当になんて日だ。  私はガックリと肩を落として、大きな大きなため息をついた。
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