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行きたくもないイベントの前日。
本棚の整理をしながら息をつくと、「どうしたの」と店主の大城さんが声をかけてきた。
わたしは事の成り行きを説明した。
大城さんはわたしの話しを聞くと、「それは災難」と笑った。
「わたしは行きたくないんですけどね。どうしても断りきれなくて。名前だけって話しだったのに、まさか調査に付き合わされるとは」
「どこの地域の伝承を調査するんだい」
「どこの……?」
そういえばどこに行くかは聞いていなかった。まぁ、どこだろうと、わたしはみんなの後をついて行くだけだし。
「なんだ、知らないのか。本当に興味がないんだなぁ」
「ありませんよ。怖い雰囲気は苦手なんです」
「ホラー小説は読むのに?」
「読むのに、です。文字は突然驚かしたりはしないですから」
「あ〜、確かにね」
大城さんは、「そうだ。いいものをあげよう」と店の奥に引っ込んだ。そして、ピンク色の小さな巾着袋を持って出てきた。
「はい。マース御守り」
「マース?」
「沖縄の方言で塩のこと。塩には魔除けの力があるかからね。こうやって巾着袋に入れて持ち歩くと悪いモノが寄ってこないんだ。って、僕のおばぁが言ってた」
「魔除け、ですか」
「信じてない? まぁ、念のため持ってなよ」
「それじゃあ、持っておきます。念のため。ありがとうございます」
わたしは御守りとかそういったものの効果を信じる方ではないが、ピンク色の巾着袋が可愛かったので、貰っておくことにした。
「頼子ちゃん、『ふぃーぬねーんとぅくるんかい、きぶしぇーたたん』だからね。気を付けるんだよ」
「ふぃ……? なんです?」
「何もないところに逸話や伝承は生まれないってこと」
「はぁ……」
大城さんからのよくわからない忠告と可愛らしい御守りを受け受け取ったわたしは、その翌日に民研のメンバーと『現地調査』とやらに出向くのだった。
○ ○ ○
集合場所である大学の駐車場に佳苗が現れたのは、集合時間を1時間以上もオーバーしてからだった。
時間になっても来る気配のない佳苗に電話をかけると、寝惚けた声で、「あ〜、ごめん〜。いま起きたぁ〜」という答えが返ってきた。
どこまでもマイペースな子だ。
先輩達は、「いつものこと」と笑っていたけど、一年生のふたりは呆れ返っていた。
佳苗のせいで出発は昼前になってしまった。
大学から目的地までは、車で3時間はかかる。途中、昼食を食べたりトイレ休憩を挟むとおそらく夕方になるだろう。
帰りは夜かぁ。あぁ、貴重な土曜日が……。
そう考えると、遅刻してきた佳苗を恨めしく思う。
わたし達は佳苗が現れると、「時間がもったいない」と、さっさと和成さんが借りてきたミニバンに乗り込んだ。
運転手は和成さん。助手席に車酔いし易いという千恵ちゃん。運転席の後ろに亮太くん。助手席の後ろに真実さん。そして後部座席にわたしと佳苗が座る。
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