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混乱と動揺。躊躇った時間は、ほんの僅かなものだったはずである。それでも、その数秒が命取りだった。
「地獄に堕ちろ」
小夏の握るナイフが、振り下ろされた。慌ててガードした掌に、おもいきり刃物が食い込む。凄まじい力だった。ごりり、と骨が削れるような音と共に右手から激痛が走る。
「ぎゃあああああっ!」
コウジは腕を押さえてのた打ち回った。ちらりと見た先、掌は大きく裂けて骨まで露出しているではないか。痛い。痛いものではなく痛い。そしてもがいたことで足や肩の傷に響いてますます痛覚を苛むことになる。
「逃げるな、クズがっ!!」
「ひぎいっ!」
小夏は容赦ない。転がったコウジの足に、さらにナイフが振り下ろされた。ふくらはぎに突き刺さったそれを、ぐりぐりと抉るように回される。鮮血が吹き出し、コウジは絶叫しながら逃げ出した。血の道標を作りながら、這いずるようにしてどうにか前へ、前へ。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい、助け、助けてくれ、助けてぇっ!」
そんな速さで、彼女から逃げられるはずもない。絶望な足音が近づいてくるのを聴いた。ドス黒い声が、痛みと共にコウジの背中を突き刺す様も。
「謝っても、許さない。でも、何よりも……っ」
『いつか、天罰が下るわよ、あんた』
『天罰う?』
「何でそれを、蒼生君が生きてる時に、言わなかったんだ……!」
かつて、小夏が言った言葉がリフレインする。あの時自分は鼻で笑い飛ばした。自分が絶対の王者だと、彼女達の支配者であると疑わなかったがゆえに。
『誰がそんなもの、俺に下せるってんだ。どんな相手も奴隷にできる、最高のチート能力を持ったこの俺によぉ?』
天罰は、確かにここにあった。己が罪を犯した時にはもう、全てが決まっていたのだ。
「ぎ、ぎゃあああああああああああああ!」
振り向いた瞬間、眼窩にねじ込まれる刃。
コウジの世界はぐちゃぐちゃに溶けて、壊れて、今まさに全て失われようとしていたのだった。
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