<30・浄罪の時>

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<30・浄罪の時>

――……ごめんね、蒼生君。  ドラゴンが倒れ、何人もの遺体がちらばる凄惨な現場。それでもこの場を動く気になれず、小夏は蒼生の遺体の傍に座り込み、黒の巨塔を見上げていた。 ――蒼生君が……できることならあいつを許して欲しいって、そう願ってたこと……知ってたよ。凄く凄く傷ついてたのに、自分は許したいって……そう思ってたことも、知ってたよ。  蒼生の髪をそっと撫でる。結局、好きだという一言さえ、自分は伝えることができなかった。例え女の子になってしまっても、それこそ元の体に戻れなかったとしても。性別ではなく、蒼生という一人の存在に恋をしていたと、言うことができなかった。どんな苦しみを背負っていても、彼が生きていてくれるならそれでよかった。それ以上は何も望まなかった。――いや、彼と元の世界で平和に生きる未来を望んでいたのだから、その言葉には語弊があるだろうか。  優しい彼がこの結果を知ったら悲しむに決まっている。それでも小夏は、どうしてもコウジを許す選択ができなかったのだ。  確かに奴は、以前と違って自分達に酷いことはしなくなった。だが、自分から言わせれば“だからどうした”としか言いようがないのだ。夜に性的暴行を加えてこなくなったから許しましょう、なんてどうしてそんな馬鹿げた理屈になるのか。彼が自分達を散々苦しめ、蒼生の運命を捻じ曲げ死に追いやった事実にはなんら変わりないというのに。  もしコウジが、もっと早く蒼生の手を取っていたら。  そうでなくとも自分の欲望のまま、蒼生にチート能力なんてものを使わなければ。  彼は死なずに済んだ。そして自分は、目の前で死ぬ大切な人を見ないで済んだというのに。 ――でも、どうしても……どうしても許せなかった。あのバカは、自分は変わったからもう大丈夫だって、私達と仲間になったみたいなツラして……それが何より許せなかった。私はあいつに呼ばれなくなった夜でも変わらず、あいつに犯される夢を見て飛び起きてばっかりなのに。 「それなのに、さ」  思わず右手で顔を覆う。手についていた返り血がべったりと額についたが、もうどうでも良かった。ぐしゃり、と前髪を握りしめて、小夏は呻いた。 「絶対絶対殺してやるって思ってたのに……私、あいつにトドメ、刺せなかった……!最後の最後で人を殺すってことを躊躇っちゃった。最低だよね。中途半端だよね。あいつは、あんたの仇だってのに……!」  気配。ゆっくりと顔を上げた小夏が見たものは、周囲の風景が光の中に消えていく光景だった。森も、空も、塔も、叢も、死体も、全てが光の粒となって空に登っていく。呆然とそれと見送った後に残ったのは真っ白な光景と――一人の、白衣を着た女性の姿だった。
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