<30・浄罪の時>

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 ***  なんとなく、理解したような気がする。己の代償が、結局なんであったのかを。 「い、いぎ、ぎいい……!」  コウジは仰向けに倒れたまま、ぶくぶくと血泡を吹いた。  這う這うの体で小夏から逃げたいいものの、ボロボロの体で森を抜けることなどできるはずもない。気づけば、強いモンスターがいるエリアまで迷い込んでいて、このザマである。コウジの体は、黒いオオカミ型のモンスター数匹に抑え込まれている。頭を押さえこむ一匹は、コウジの髪が気に入ったのか、歯でぐいぐいと強引に引っ張って引き抜こうとした。みしみし、と頭の皮が悲鳴を上げ、やがてバリバリという剥がれる音と激痛に変わる。だが、悲鳴ももう上げられはしない。コウジの腹部に大穴が空き、別の一匹がその穴に頭を突っ込んでいるからだ。  ずるずると、まるでラーメンのように引きずり出される内臓。邪魔な肋骨はさらに別のオオカミによってバキバキとたたき折られ、引き抜かれていく。痛い、苦しい、気持ち悪い。さっさと首でもちぎって殺してくれというのに、モンスター達はコウジの体を生かしたまま、じわじわと甚振って肉を引きはがし食いちぎっていくのだ。  想像の範疇でしかないが。これが、自分の天罰であり、能力の対価だったと思うと辻褄があってしまうのである。つまり――能力を使えば使うほど、悲惨な死に方をする、という。寿命そのものも縮まっていたのかもしれないが、明らかに蒼生のそれとは異なるだろう。チート能力を使って人の運命を、命を弄んだ分、最終的には己の“苦痛”を代償として支払う結果になる。なるほど、つり合いが取れているかもれいない――命一つで足らない対価ならば、そうでもしない限り支払いきれないのだろうから。 ――ああ、あんだけのことしたのに。小夏に命乞いをしたから、それが一番だめ、だったのかな。ちゃんと、謝ることもできなかったから、それで。  激痛の中、コウジは思う。もう体は動かない。大量の出血で、ゆっくりと意識は遠ざかっていこうとしている。あと数分か、数時間か。いずれにせよ遠からず、自分は出血多量で死ぬことになるのだろう。  死んだら地獄に行くのだろうか。地獄の火に焼かれるのは、これよりも苦しいことなのだろうか。 ――それでも、いいや、もう。  コウジはゆっくりと、潰されていない方の目を閉じる。 ――でも、もし。もし、許されるなら、生まれ変わったあとで……なにか、一つでいいから。  最後に思い出したのは。友達になりたいと、手を差し伸べてきた蒼生の顔だ。女ではなく、少年の姿をした、彼。幻の中、コウジはそっと、かつては掴めなかったその手を掴む。 ――今度は、お前のために。何か出来る人間に、なれたら、いいなあ。  数十分の後。大久保コウジは苦痛の中、その生涯を終えることになる。  動かないはずの手を、何故か空へと伸ばして。
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