<1・化け物が嗤う>

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 ***  もし。  自分にもう少しでも、理性があったなら。あるいは、都合の良い異世界転生・転移系以外のアニメやマンガの存在をもうちょっとでも思い出していたのなら。この可能性に、いち早く思い至ることもできたのかもしれない。そう、現実は無意味に“都合よく”できていないということを。どんな行動にも意味はあって理由がある。どんな力にもそれに相応しい対価が存在しているのではないか、という可能性。 ――何で、こうなっちまったんだ。  その世界に来て、暫くが過ぎたその頃。夢と魔法の、いわゆる“中世ヨーロッパ風異世界”に飛ばされたコージ達の身に、異変が起き始めていた。  あのようなメールが回るくらいだ、異世界転移を希望した人間は少なからず存在しているだろうということは来る前から予想していた。それこそ、中にはコージの知り合いが何人も含まれていてもおかしくないだろうということ。場合によっては相手もとんでもないチート無双能力を用いて、こちらに脅威を齎してくるかもしれないということを。  そう、そこまでは想像がついていたのである。  だが、特にデメリットもなくチート無双できる漫画などばかり読んでいたコージは一切気づいていなかったのだ。自分が“神様”に貰ったチート能力にも、なんらかの代償があるかもしれないということなど。そう。  そもそも、何の理由もなく、意味もなく、都合の良い世界に転移させてくれて何でもできるチート能力を授けてくれる――そんな神様なんかが、本来存在するはずもなかったということを。 「あ、あああ、うぶぶぶぶぶ」  目の前で、少女が苦しみもがいている。彼女が頭を掻きむしるたび長い髪が白髪になり、さらには抜け落ちて剥げ頭になっていく。顔はシミだらけになり、皺が深く刻まれ、その腕も首も痩せ細りミイラのような有様に変わっていくのだ。  腹立たしいほど、美しい娘であったはずだ。ついさっきまで彼女は確かに、ムカつくほどの美貌で自分の心を逆なでしていたはずなのだから。なのに。 「な、な、なんで、だずげ、だずげでえ……っ」  がくがくと全身を震わせ、女は泡を吹いて倒れた。落ちくぼんだ眼窩、剥かれた白目は充血し赤く血管を浮かび上がらせている。豊満な胸は無様に垂れ下がり、扇情的だった生足はまるで骸骨のように痩せ細り肌の色をくすませている。  そのまましばらく体中を痙攣させた後、彼女はそのまま動かなくなった。コージの傍で、蒼生と小夏は呆然と佇んだままだ。当然コージも、目の前で起きた凄惨な光景にただただ唖然とする他ない。 「死んだ……」  呟いたのは、誰だったのか。 「まさか、これが……っ」  これが、能力の代償というものなのか。コージは頭を抱え、その場で蹲るしかなかった。 ――う、嘘だろ、こんなのっ……!  それはけして、他人事ではない。何故なら自分もまた、チート能力を手に異世界転移をしてきた人間であり、散々能力を使って来た一人であるのだから。  ああ、どうしてこんなことになってしまったのか。  コージは思い返していた――己がこの世界にやって来てからの、一連の出来事を。
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