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「『ダイヤの仮面』が読みたい」
そう思って、本棚を探してみたものの、どこにもみつからない。
『ダイヤの仮面』は演劇を題材にした名作漫画。全49巻だから簡単になくなるはずなんてないのに。
記憶をなんとか掘り返して心当たりがあったのが、半年前に本棚を整理した時だ。
私は本や漫画が大好きで部屋の中は本棚に囲まれている。それでも、積読は山ほどあって床の至る所に積み重なっていた。このままではゴロゴロするスペースがなくなると思い、思い切って本を整理したのだ。
数年読んでいない本は捨てて、あまり読まない本は本棚から出して、段ボール箱に入れて押し入れにしまった。そして、一年以内に読んだ、もしくは、読む予定のある本のみ本棚に入れた。そうすることで、床に積んであった本は全て片付き、ごろごろするスペースが確保されたのだった。
その時は『ダイヤの仮面』をすぐに読まないと思い、本棚から段ボール箱に入れたところまでは覚えている。
しかし、段ボール箱の中には『ダイヤの仮面』がなかった。
「おかしい……」
壁一面の本棚をみても、やっぱり『ダイヤの仮面』はない。
見逃したかもしれないから、もう一度だけ段ボール箱の中身をみて、本棚も見直してもみつからなければ諦めて買いなおそう。そう思って、本棚の右上から一冊、一冊丁寧に題名を確認していく。すると、三つ目の本棚になぜか買った覚えのない『tender×tender』が本棚に入っていた。
『ダイヤの仮面』がなくて、買った覚えのない『tender×tender』がある。ということは……。
「思い出した!」
思いがけないアハ体験につい大声を出してしまった。
本棚の整理をした時に、一人では大変だからと思い、彼氏を家によんでいた。その時に彼氏が読んでみたいと言ったから『ダイヤの仮面』を貸したんだっけ。そして、その代わりに『tender×tender』を借りたんだ。だから、私の家には『ダイヤの仮面』がなくて『tender×tender』があるのだ。
「なるほど」
私は名探偵のようにあごをさすりながら呟いた。
「だが、しかし……」
『ダイヤの仮面』が家にない理由はわかった。しかし、無ければ読むことができない。読みたい熱は冷めるどころか、無いからこそむしろ読みたくなってきている。
彼氏の家に『ダイヤの仮面』があることがわかったのだから「今から家に行くわ」なんてメッセージを送って、読みにいけば良いのだけど、それができない状況にある。なぜなら、私たちは喧嘩している最中だからだ。
喧嘩の原因はとてもつまらないことだった。
先週末、彼氏の家に行って、私が毎週楽しみにしている深夜アニメを一緒に見ることにした。しかし、野球中継が延長したことで録画ができていなかった。がっかりした私に「無料で動画配信されるまで待て」と彼氏が言ってきたから「待てないからすぐにみれる有料サービスを契約して」って言いかえしたら「なんで俺が?」なんて言われて「あなたのミスで録画ができなかったのだから、私が契約をするのはおかしい」と、言い返した。
それからはもうひどいものだった。日頃から溜まっていた不満(彼氏がスマホを見ながら相槌を打つこと、女子なのに私の見た目に清潔感が感じられないこと、彼氏がトイレに入ったら十五分は出てこないこと、彼氏の家が私の家から三十分かかるから遠い、野球中継は延長するな、なども含む)をお互いに次から次へと言い合った。ヒートアップしすぎて、口論だけでなくクッションと枕でどつきあったりもした。
運動不足の私はすぐに体力が底をつき「はぁ、はぁ、もういい!」といって、彼氏の家を出ていった。
帰り道のタクシーの中で反省はした。たかが月額500円程度の動画サービスなんてすぐに契約すればよかったのだ。契約をすればすぐに最新回がみられるだけでなく、繰り返し推しの姿がみられるようになったのに。
というか、そもそも彼氏のつまらない言葉に言い返してしまったから、言い争いになってしまったのだ。喧嘩なんて不毛だった。
もちろん、私も悪かったと思っている。ただ、少しだけ言い訳をしておくと、生理中で気が立っていたのと、クッションで叩きはしたがビールの入ったグラスを手にしたものの、流石に危ないと思って投げなかったことは褒めて欲しい。
あれから一週間が経った。しかし、私たちは仲直りをしようとしていなし、会ってもいない。
「あー、だりーなー」
喧嘩したことを思い出したことで気持ちが重くなり、部屋中に出した段ボール箱を押し入れに戻すのが面倒になってきてしまった。
とりあえず『tender×tender』を読んで、気分が乗ったら片付けをしようと思い、一巻を手に取って読んでみたら、あっというまに一巻の終わりだった。二巻、三巻と次々と読み進めてしまう。
「やばっ、おもしろっ」
ページを捲る手を止められないとは、まさにこのことだ。
『tender×tender』は、特殊能力を駆使したバトルが抜群に面白いし、キャラが個性的だし、ダークファンタジーの世界観は私の性癖そのものだ。
鼻息を立てながらスマホを取り、彼氏に『tender×tenderが超面白いんだけど!』と、メッセージを送ってしまった。
この興奮を伝える相手が彼氏になってしまったのが少し悔しいが、彼氏以外に友達がいないから仕方がない。
あまりに『tender×tender』に熱中したため、休憩を取っていなかったことに気づき、トイレに行って用を足して、栄養補給に板チョコ一枚を食べてから、『tender×tender』の四巻を読もうと座椅子に戻る。
テーブルに置いてあったスマホをみると、彼氏から「『ダイヤの仮面』が超面白い」とメッセージがきていた。
「お前も漫画読んでるんじゃねーよ。しかも、私の貸した『ダイヤの仮面』を」
メッセージを見た瞬間、私は大声で笑ってしまった。
私たちは同類なのだ。漫画が好きで、アニメが好きで、お互いの趣味が合うことが心地いいと思っている。
「『ダイヤの仮面』が読みたいから、いまから行く」
すぐに返事を返し、手に取った『tender×tender』の四巻をテーブルに置き、座椅子から立ち上がった。
決して私は彼氏のことを許したわけじゃない。ただ、漫画が読みたいだけなのだ。だから、わざわざ三十分かけて彼氏の家に向かう。そう自分に言い聞かせながら、彼氏の家に行ける程度の支度をすませ、スマホを手に取ると
「お前の好きなクッキー買ってあるから、お茶買ってきて」
と、メッセージがきていた。了解の意味で「り」と返信すると、すぐに、ブサイクな猫が『ごちになります』と言っているスタンプが送られきた。
「クッキー買うなら、お茶も用意しておけよ。口がパサパサになるだろうが。ってか、お茶くらい家に常備してないのか?」
そんなことをボヤきながらも、スキップをしながら彼氏の家に向かっていったのだった。
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