487人が本棚に入れています
本棚に追加
【1】刹那の
「怖いんだ」
と、その少年は言った。
冷たい雨の降る午後、透明のビニール傘を差した少年は、黄色いスクール帽の下から私を見上げて、
「僕、死ぬ?」
と聞いたのだ。
私は少年の前にしゃがみ込み、死なないよ、と答えた。
「でも、僕、死んだ方がいいんでしょ?」
悲しい問い掛けに、私は頭を振る。
「本当に?」
本当だよ、と答えると、まだ年端も行かぬ少年は目に涙を溜めたまま不安気に頷いた。少年の細い肩にのしかかるのはランドセルに詰まった教科書の重さではなく、歴史だ。決して逃げることの許されない、家という名の煉獄だ。少年が少年である以上、逃げてもそれは追って来る。立ち向かうしかないのだ。
「また会える?」
と少年は聞いた。
君が逃げずに頑張るなら、私はまた必ず戻ってくるよ。
少年は大粒の涙を流し、私は雨に濡れることも厭わず彼の幼い体を抱き寄せた。
最初のコメントを投稿しよう!