不老不死世界

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20XX年7月6日 いつも通りの朝。いつも通りテレビをつける。まだ半分しかない意識でテレビを眺めていると、突然速報のアラート音が鳴った。 「...不老不死の薬が治験段階に入った...」 そう見えたと思う。だが、まだ半起きの状態だったのと、仕事に行かなければならない憂鬱感の為だろう。俺は特に気にも留めず、会社へ向かった。会社に着くやいなや、今朝のニュースのことを話す声が聞こえる。 「ねえ、見た〜?すごくない?老けないし死なないなんて。」 「見た見た!あれいくらくらいするんだろうね〜...」 俺は寝ぼけていたわけではなかったようだ。その日、俺はそのニュースについて話す声を何度も耳にした。だがよくまあ皆、不老不死に興味があるもんだ。俺は35歳にして彼女もおらず、両親も早くに亡くしている。そんな俺にとって不老不死はただの苦痛でしかなかった。 会社からの帰り道、いつも通りスーパーに寄り、値引きされた弁当と発泡酒を買う。自宅のポストを確認すると、一通の手紙が届いていた。今朝のニュースで見たであろう例の薬を開発した会社からだった。帰宅し、水を1杯飲んだ。一息つき、俺はその手紙を手に取った。 手紙の内容は治験への参加依頼だった。その治験で服用する薬は、例の不老不死の薬だ。 「なんで俺なんだよ...」 今話題の不老不死になれるかもしれない薬を試せるなんて、もしかしたら普通の人なら飛びつくのかもしれない。しかし俺はそうではない。しかもこれはあくまでも治験。求めもしないものにリスクなんてかけるわけがない。俺はその手紙を丸めて、ごみ箱に捨てた。 次の日の朝、いつも通り起きてテレビをつけた。映っていたのは、またあのニュースだ。今日は土曜日、いつも通り予定は無い。寝そべりながら見える狭い青空を見ながら、俺はふと昔のことを思い返していた。 俺の両親は俺が5歳のときに、自動車の事故で亡くなっている。大型トラックの不注意で、事故に巻き込まれたらしい。俺はたまたま叔母の元に預けられていたので無事だった。正直なところ、両親の記憶はあまり無い。俺が知っている両親の事も、ほとんどは叔母から聞いたものだ。叔母曰く、俺の両親はボランティア活動によく参加していたらしい。事故もボランティアに向かう途中だったそうだ。 不意にテレビに流れた難病の人達のドキュメンタリーに目がいった。この世界には生きたくても生きられない人達がいる。例の薬が本当に不老不死を実現できたとしたら、 「みんな生きたいだけ生きられるのか...」 俺は昨日の手紙をごみ箱から取り出した。
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