不老不死世界

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20XX年9月23日 署名活動の当日、俺は指定の駅へ向かった。今日は駅周辺で署名活動を行うらしい。活動メンバーがぞくぞくと集まるなか、奏の姿が見えない。すると奏から電話がかかってきた。 「すいません、私今日急に別の場所に応援に行くことになっちゃって...」 「わかりました。こっちは何とかやっておきます。そっちも頑張ってください。」 電話が終わり、俺はとたんにやる気を失った。奏は活動メンバーのリーダー的な人に俺のことは伝えてくれていたので、特に問題は無かった。俺はその日、事務的な作業を任された。 時間が過ぎるのがすごく遅く感じる。昼の休憩に入り、俺は近くにあったベンチでコンビニで買ったおにぎりを食べていた。すると奏から電話が入った。 「そっちどうですか?問題ありませんか?」 「大丈夫ですよ。わざわざありがとうございます。」 奏は様子を確認するために連絡をくれたようだ。そんな少しの会話だけだったが、俺は幾分かやる気を取り戻した。同時に自分の単純さに呆れた。 何とかその日は作業を乗り切り、俺は帰路についた。帰りの電車に揺られながら、普段あまり見れない夕方の景色に少し感傷的になる。そういえば、久しぶりに休日を誰かの為に使った。いつもはダラダラと家で過ごしているだけだ。 「たまにはこういうのも悪く無いな。」 今日は一本多く発泡酒を買うことにした。 20XX年9月29日 テレビのニュースを見ていると、あの不老不死の薬の治験参加者の情報が、インターネット上に流出していると報道された。俺はすぐにスマホを手に取り検索をかけると、いとも簡単に問題のページを見つけた。そこには確かに俺の情報があった。情報といっても名前や生年月日などだけだ。それにしても、なぜ情報が漏れたのだろうか。そう言えば、治験の説明会参加者の内、治験に参加しなかった人もいた。 「まあこんな情報が漏れたところで問題はないよな...」 俺はそう思うしかなかった。 それから数日後、俺は会社で上司に呼ばれた。上司は申し訳なさそうに、俺の治験参加について聞いてきた。俺は正直に話した。上司曰く、今インターネット上で俺の勤務先情報なども流出しているそうだ。要は会社として、例の薬を優先的に服用した社員が居ることによる世間からの目を気にして、問題のタネを先に摘んでおこうというわけだ。上司は俺に休職を申しつけた。実のところ、俺はこうなることを少し予想していた。治験者の情報が流出してから、確かにインターネット上での声は聞こえが良いものばかりではなかったからだ。会社でも俺のことを知る人達の俺を見る目が変わった気がしていた。俺は休職を受け入れることにした。
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