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あなたが悪いのよ
「私、峰岸沙織は、県民の皆様の幸せのため、この身を捧げる覚悟でございます。
幼少の頃より長らく続けて来ました生け花で培った精神力を生かし…」
駅前の広場で繰り広げられる峰岸の演説に足を止める者は僅かだ。
生け花の世界では、それなりに有名かもしれないが、そんなことは、県会議員の選挙には何の力にもならない。
「先生、頑張って!」
生け花教室の生徒と思しき中年の女性が、場違いな声をかける。
「岡田さん、ありがとう!」
峰岸はマイク越しに礼を述べ、小さく手を振った。
生け花教室は、それなりに流行っていた。
生活費は、夫の給料から使っていたから、月謝はほとんど沙織の小遣いのようなものだった。
体にも不調はない。
子供達は結婚して家を離れていたし、沙織の生活は何の不足もないものだった。
それなのに、なぜだか心は満たされない。
何か人の役に立てることはないか?
考えあぐねた末に、沙織が志したものは、県会議員だった。
今まで、関わったことのない政治の世界。
夫は猛反対した。
後押しをしてくれる政党もないのに、そんなもの、当選するはずがない、みっともないだけだ、と。
だが、その反対が皮肉にも沙織の気持ちに火を付けた。
反対されればされるほど、何がなんでも当選したいと強く思った。
「何がなんでも、私は当選致します!
私は、この選挙に命をかけているのです!
どうか皆様の清き一票を私に下さい!」
沙織はそう言って、深く頭を下げる。
観客からまばらな拍手が送られた。
*
「あぁ、疲れた。
でも、今日はいつもより演説に人が集まってくれたのよ。」
沙織は満足気に微笑む。
「もう少し待ってね。
時間が出来たら、バラバラにして埋めてあげるから。」
沙織は押し入れの中の夫に声をかけた。
夫の頭から顔には、頭から流れ出た赤黒い血がこびりついている。
「じゃあ、おやすみなさい。また明日ね。」
沙織は、静かに襖を閉めた。
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