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苦手
「桜田さん、今、どこなの?」
「そ、それが……」
どこと言われても、私にはそれがわかっていないのだから、答えようがない。
私は、かなりの方向音痴だ。
だから、初めての場所に行く時はとても不安なんだけど、PTAのお仲間の森下さんが一緒だから、安心しきっていた。
それなのに、昨夜、森下さんのご親戚にご不幸があったとかで、今日は来れなくなって…
つまり、私はひとりでバザーの会場に行かなくてはならなくなったのだ。
「前にも言ったけど、学校から東に向かって500メートルくらい歩くとコンビニがあるから、コンビニの角を南よ。
そこからしばらく行くと、ボーリング場があるわ。
ボーリング場をさらに南に行ったらすぐわかるから。」
「は、はい。急いで行きます。」
そうは言ったものの、私にはそもそも東西南北がわからない。
500メートルっていうのも、どのくらいかわからない。
だから、さっきから学校の近くをグルグル回ってるような気がする。
今日は売り子をしないといけないのに、こんなことじゃ間に合わない。
私は泣きそうな気分で、コンビニを探した。
「あっ!」
マンションや木々の隙間に、私はあるものをみつけた。
ツルッとして丸っこくて…
あれは、ボーリングのピンに間違いない。
私はそれに向かって歩いた。
コンビニがあった!
きっと、ここのことだ。
南がどっちかはわからないけど、その時にはピンの形がさっきよりもっと良く見えていたから、そっちに向かって歩いた。
あった!
ボーリング場だ!
屋根の部分にでっかいピンが建っていた。
このおかげでなんとかみつけられたんだ。
その前をさらに直進すると、すぐにバザー会場を発見した。
*
「桜田さん、そんなに緊張しないで。
顔が強ばってるわよ。」
「は、はい。」
なんとか時間には間に合ったものの、人見知りで口下手な私にとって、接客は大変なことだ。
顔はひきつるし、口の中はカラカラだ。
「はい、これでも食べて。」
吉田さんが差し出したのは、リラックスミントと書かれたチューインガム。
「あ、ありがとうございます。」
リラックスという言葉にひかれて、ガムを口の中に放り込んだ。
ミントの爽やかな香りで気分が良い。
「緊張しなくて大丈夫だからね。」
「は、はい。」
吉田さんの笑顔のおかげか、リラックスガムのおかげか、ほんの少しだけ、気持ちが楽になった気がした。
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