穏やかな語り部

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「ルーチェ……」 「昔読んだ本に、”ひとりを殺せば犯罪だが、100人殺せば英雄だ”って書いてあったよ。私がここに来ること自体は罪だって言われるだろうけど、禁書に書いてあることを咀嚼して理解し、正しい知識として吸収すれば、英雄になれると思うんだけど」  ルーチェの言葉に、ソティラスは短く息を吐く。ソティラスが注意をするたびに、ルーチェはこうして屁理屈を捏ねる。だが、それはただの屁理屈ではなく、今回のように真理を思わせることもある。 「ここに来るなと、何度も言ってるのだけれど……」  ルーチェに聞こえないほどの小声でポツリとつぶやくソティラス。彼は禁書と呼ばれた本の作者であり、禁書を書いた罪人として森の奥に追いやられた身だ。  もっとも、あらゆる知識を持った彼からすれば、森の奥に追いやられても快適に暮らせるし、ひとりが好きなので好都合でしかないのだが。  現に鬱蒼と生い茂った木々を剪定し、ボロボロの小屋を立て直し、ソティラスを知らない隣国に行って本や食料品などを買っている。生活費だって剪定した木で作った食器や小物を売って、ある程度の貯金をしながら暮らしている。  ソティラスを追いやった人々が今の彼を見たら、きっと驚くだろう。なんたって彼らは、ソティラスは鬱蒼とした森の奥で獣に食い殺されたと思いこんでいるのだから。 「反論がないなら、読んでくれてもいいんじゃない?」  ずっと無言でいるソティラスに痺れを切らしたルーチェは、ムスッとしながら靴を脱ぎ、つま先で彼の足を軽く蹴った。 「ふふ、そうですね。読んで差し上げましょう」  ソティラスが立ち上がって本棚の前に立つと、後ろから幼子のようにはしゃぐルーチェの声が聞こえてくる。この声だけを聞いたら、彼女が15歳だと、誰も思わないだろう。  ソティラスは真っ黒な本に人差し指をひっかけ、本棚から取り出すと、ロッキングチェアに戻って本を開いた。 「これから語るのは、気が遠くなるほど遠い昔のこと。紫色の戦争と、臙脂色の歴史です。嘘みたいな話だけど、本当にあった出来事です」  そう前置きをすると、ソティラスは目線を本に落とした。
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