紫戦争

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「おーい、持ってきたぞ!」  針金のように細長い男が、カエルレウスの鎧を持ってこちらに向かって駆けてくる。3人はニヤニヤしながら彼を見つめ、美丈夫だけは、浮かない顔をしている。 「隅っこにカエルレウス兵の死体が転がってて助かったぜ」  そう言って針金男は美丈夫の前に鎧を置く。 「……」  美丈夫は黙々と鎧を着ると、自分の体になじませるように関節を曲げたり、軽く飛び跳ねたりした。 「頼んだぜ、救世主(ソティラス)」  ソティラスは無言で頷くと、カエルレウスの野営場へ向かった。 「あーあ、何が紫戦争だよ。馬鹿馬鹿しい」  フリッシュは退屈そうな目を崖の下に向ける。そこでは相変わらず、青と赤の兵士達が殺し合いをしている。 「ネーミングセンスダサすぎだろ。確かに赤と青が混じったら紫になるけどよぉ、それは液体の話だ。赤と青の鎧がどれだけ入り混じろうが、紫にならねーよ」 「じゃあどんな名前がいいんだよ?」  イディオに聞かれ、フリッシュは鼻で笑う。 「クソ戦争」  フリッシュが吐き捨てるように言うと、イディオ達はゲラゲラ笑った。 「にしてもよぉ、国王もバカだよな」  フリッシュは下卑た笑みを浮かべながら言った。これから何を語られるのか察した彼らも、同じく下卑た笑みを浮かべる。 「フリッシュが『ベルメリオ建国記念日に姫を殺すなんて!』って喚いたのを鵜呑みにして、こうやって戦争を起こすなんてな」  ひひっと下品な笑い声を出すと、イディオは崖の下に唾を吐いた。 「おいおい、さっき俺に唾を吐くなって言ってたのはどこの誰だよ?」 「ソティラスの前だから善人ぶっただけだっつの。アイツの前だと悪いことすんの、なんか萎えるっつーか」 「あー分かる。アイツ、元は気の弱いお坊ちゃんだったからなー」  トントが同意すると、ふたりの頭にフリッシュの拳が落とされる。 「いってーな! 何すんだよ!」 「暴力反対!」 「傭兵やってて何が暴力反対だ。いいか? 確かにアイツはボンボンだったがよ、今は俺達アストゥトの一員なんだ。お前達がそうやって変に特別扱いするから、アイツはいつまでも傭兵になりきれねーんだよ」  ふたりは頭をさすりながら、フリッシュを見上げる。いつも悪ふざけしてばかりのフリッシュが、珍しく真剣な顔をしていた。  今から2年前のこと、ソティラスの屋敷は夜盗達に襲われた。家族も使用人も皆殺しにされ、金目のものはほとんど奪われてしまった。いち早く危険を察したソティラスはベッドの下に隠れて事なきを得たが、静かになった明け方に屋敷の中を歩くと、家族と使用人の死体があちこちに転がり、どの部屋も荒らされていた。  夜盗の話を聞いて依頼を受けたアストゥトが屋敷に駆けつけた時には、ソティラスが玄関でひとりで泣いていた。  行き場を失ったソティラスをアストゥトに引き入れたのが、フリッシュだった。
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