贖い〜百年後の人々へ

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 国家の運命が十数年前には既に決まっていて独裁者の大局観がそれを見抜いていたのか、独裁者の疑心暗鬼によって立てられた金食い虫の計画が国家の寿命を縮めたのか、それはわからない。ともかく、タイムマシンが完成した時、帝国はかつての栄光もなく、求心力は低下していた。それは腐ったガスが充満し、今にもはち切れそうな風船のようだった。タイムマシンの出番は刻一刻と迫っていた。  完成の翌日、彼は大勢を引き連れて研究所を訪れた。今まで、進捗を報告することはあっても、彼が直接やってくることは一度さえなかった。彼を直に見るのは数年ぶりで、国家元首としての威容は衰えていないように思えたが、髪が数本乱れていた。彼は腹心の部下の一人である研究所の所長にタイムマシンの実演をするように言った。  彼の愛猫を五分後に送れと言うのだった。もちろんモノ、動物、人間での実験は成功させた上で完成としたわけだが、銃を引き提げた兵隊を両翼に控えた独裁者に相対した私を含む研究所の幹部は戦慄した。準備は淡々と進められ、タイムマシンのハッチが閉まり、そして消えた。気を利かせた研究員が紅茶を淹れてくれたので、無理矢理心を落ち着けようとするようにゆっくり味わった。壁に設置された大きなタイマーが五分を示すのと同時にタイムマシンは出現した。猫は元気に跳び出し、彼の元へ駆け寄った。彼は我々に向かって一言「諸君、よくやった」とだけ言い、あとは所長に何か伝えると帰っていった。我々の夢の結晶は彼の御眼鏡にかなったようだった。  その後、所長は私を含めて三人の幹部を招集し、独裁者に命じられたらしい極秘の任務を言い渡した。それは、タイムマシンを地下壕に移し、二十四時間いつでも稼働できるようにせよという内容だった。タイムマシン開発の表向きの理由からすれば全く理にかなわない任務だったが、もはやタイムマシンの用途は完全にすり替わっていった。我々は当然のことであるかのように詳細を詰めはじめた。操り人形のようだった。独裁者の影の中で夢から醒めた我々は独裁者のタイムマシン技師に成り下がっていたのだ。
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