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地下にある独裁者の執務室の向かいの部屋にタイムマシンを設置し終えて間もなく戦争が始まった。それはすぐに第三次世界大戦へと発展した。我々は三交代制で忠実に任務にあたった。その部屋の中だけが戦争中とはとても思えないほどにのんびりとした単調なリズムで動いていた。しかし、部屋の中で椅子に座って自分の発明品を眺めているだけでも、廊下を行き交う人々の足音のテンポが日に日に早くなっていくのがわかった。
そして、ついにその時がやってきた。私の任務時間でちょうど日付が変わった頃、突然扉が開き誰かが部屋に入ってきた。彼だった。彼は一人だった。猫も連れていなかった。長い間見ないうちに彼の顔には隈ができ、老け込んだようだった。その目はもはや国の明日ではなく、はるか遠くの未来を見ていた。
「閣下、どうされましたか」
「決まっているだろう、お前の仕事はひとつだ。さっさとタイムマシンを動かすのだ」
私は瞬時にその言葉の意味を悟った。
「……この国は、負けたのですか?」
考える前に口からその言葉が出ていた。彼の顔がひきつったように見えたが、それは違った。彼は綺麗に並んだ白い歯をのぞかせて笑ったのだ。
「ふん、まさか、この国に私の前で『その言葉』を口にする人間がいるとはな。しかし、それでいい。その愚直さがあるからこそお前たち科学者は役に立つのだ。お前たちは私の元で自らの夢を叶えた。私はそれを使って今度こそ夢を叶えるのだ。いい関係だろう」
「…………」
私は黙ってタイムマシンに乗り込んだ。
「私は負けたのではない。数分前に奴らが先に核ミサイルを発射した。当然我が国は自動的に報復をした。あと十分もすればここは昼のように明るくなって火の海だ。その優秀な頭で何かいい方法が思いつくか?」
私は彼の演説を耳で受け止めながらロボットのように動く自分の両手を見ていた。手はプログラムされたような滑らかな動きでタイムマシンを起動し、シーケンスを実行した。
「私は何年も前に思いついていた。人間というものはしぶとい。どんなに痛めつけても必ず立ち直る。予言しよう。この世界はじきに焼け野原だ。だが、我々がこれから向かう百年後にはまた美しい建物が建ち並んでいる。私が支配するにふさわしい世界がな。お前はこの私とともにその世界に行けるのだ。もっと喜んだらどうだ」
「しかし、未来の世界で閣下が再び力を持つことは難しいのではないでしょうか」
今度は口が勝手に喋っていた。
「どうやら歴史には明るくないようだな。人間というものはしぶとく、そして愚かなのだ。歴史は必ず繰り返す。未来の世界にも私の居場所は必ずある」
「…………」
「それにしても、このタイムマシンは本当に素晴らしい。所長からお前のことは聞いていた。世紀の天才だとな。お前がいなければこの機械は完成しなかった」
コントロールパネルを操作する手が止まった。いや、私の脳が止めたのだった。手が震えていた。
「それにしても滑稽だ。私達が飛び立った後、敵がご丁寧にこのマシンの痕跡を洗いざらい何もかも消し去ってくれるんだからな。研究所も、人も。これでお前の発明は百年後も最先端でいられるわけだ」
私はマシンの銀色の筐体に手を添えて話す独裁者を背に、震える手でいくつかのキーを押した。間違えないように頭でしっかり確認した。
「……準備が、できました」
「御苦労」
そう言うと、彼はそそくさとタラップを踏み込みタイムマシンに乗り込んできた。
「念のために言うが私とお前は一蓮托生なのだ。妙な気を起こすのはお前のためにならないぞ」
流石にタイムトラベルともなると彼も多少不安を感じているようだった。彼は右手を懐に忍ばせていた。何が出てくるかわかったものではなかったが、タイムマシンの挙動に関しては私は何の不安もなかった。ハッチが素早く閉まり、我々は自らが生を受けた時代に別れを告げた。
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