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不意に降り始めた水滴に、空を見上げる。
雲が空を引き裂くように北と南に分かれて、そこから絵の具で塗り潰したような青い空が覗いている。太陽に反射してまるで宝石のように煌めく銀色の粒は、東に位置するこの港町にだけ降っているようだった。
「こりゃ何事だ? うう、冬でもないのに寒いな今日は」
突然の異様な光景に気を取られていると、表に現れた受取人である薬屋の店主も、空を見上げて訝しげに首を捻った。
「急に降ってきたんです。……あ、こちらお届け物です」
「おお、ありがとさん。おーい、母さん」
手紙を受け取るなり家族を呼びに戻った彼を見送ると、再度確かめるように空を見上げる。先程見た時同様、雲の割れ目からゆっくりと落ちる銀の粒を掬うように掌を広げると、丸い染みをつくって肌に滲んだ。
吐く息は白く、今朝方からの体感したことのない冷気が肌を撫でる。
俺は知っている。
これは、雪だ。
ジプシーと旅をしながら、彼らが見たことのない雪の特徴について教えてくれた事を思い出す。
初めて見たけれど、こんなに冷たくて、美しいものなのか。
同時に、ある朗読劇の事も思い出した。
黄色い長靴を履いた少女と猫が、見たこともない銀色の雨の中を冒険する話。水溜まりが鏡のようにツルツルと滑ったり、雨粒が風船のように膨らんだり、銀色のサカナとクジラが空を泳いだり。幻想的な世界が広がっていて心躍るけれど、白昼夢として終わってしまう。
『そんな世界があるのなら、見てみたいわ』
その御伽噺を聞いて楽しげに笑った彼女の事を思い浮かべながら、手紙の入った鞄を背負い直すと急いでモーターサイクルを走らせた。
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