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「ブデラの薄気味悪い髪はどうにかならんのかね」
「血を吸ったような髪色ってだけでも災難だがね、まさか実の母親の腕に悪魔の力で火を付けるなんてねえ」
血を吸ったような髪色……と聞いて蛭女が彼女と結びつく。
夕焼けのように美しい彼女の髪を薄気味悪いだって? ヒトにも大地にも流れる血潮の色……獣を遠ざける輝く焔にも似た色ではないか。
憤りを覚えながら、俺はそっとそいつらから離れた。
ザハラの魂を持つ女は、どうやら非常に悪い扱いをされているらしい。薄気味悪いと思われているのなら、攫ってしまっても問題はないだろうか?
そんなことを考えながら教会の扉を眺めていると、ようやく女が姿を現わした。頬が腫れていて痛々しい。右足を引きずりながらのろのろと歩いている女は、何人かの村人とすれ違ったが、彼女を心配する素振りを見せたニンゲンは誰もいない。
骨と皮だけの枯れ枝みたいな彼女が、子供にぶつかられてふらふらと地面に倒れる。
泥まみれになった彼女を見て不快そうな顔を浮かべた子供は何か罵倒をして、どこかへ駆けていった。
彼女が辿り着いたのは村でも指折りで大きなロングハウス……の横にある、扉だけは頑丈に作られた粗末な小屋だった。
女が、細い腕で額の汗を拭っていると、ロングハウスの中からやせぎすの中年女が飛び出すようにやってきた。
「蛭女! どこをほっつき歩いてたんだい!」
「かあさま、ごめんなさい……その……教会に……あの……」
ああ、この子は産みの親からも蛭女なんて酷い名で呼ばれているのか……。
左手と左脚に大きな火傷痕がある中年女は腕を振りかぶって、謝っている女の頭を殴りつけ、よろめいて倒れた彼女の腹を思い切り蹴り上げた。
中年女がブデラを罵っている横に、亜麻色の髪をした少女がやってきて立ち止まる。赤髪の少女よりも少し年上らしい少女は赤く染められた毛織物のガウンを着て、腰にベルトを締めている。地面に這いつくばっている裸足の彼女と違ってしっかりとした木底のついた革靴を身につけている始末だ。
「ソレ目障りだから、早くしまってくださる? わたくし、聖堂でのお勉強で疲れたからごはんにしたいの」
「ああ、愛しいテリオちゃん、ごめんなさいねぇ」
毛虫でも見るような目付きで、這いつくばったままの彼女を一瞥したテリオは、玄関先に置いてある木桶を蹴り倒してフンと鼻を鳴らした。
木桶に汲んである水が彼女に掛かってもお構いなしといった様子で、さっさと家の中へ入っていく。そんなテリオの背中を媚びたような笑顔で見送ってから中年女はキッと眉をつり上げる。そして、立ち上がれずに地面に目を落とす儚げな少女を睨み付けた。
薄く血色の悪い唇を震わせている少女の腕を掴んだ中年女は、まるで物でも投げるように乱暴な仕草で彼女を押し込むと、扉を勢いよく閉じた。
「神様が禁じてなかったらあんたを殺してやったのに」
閂を掛けながら、吐き捨てるようにそう言って中年女は荒い足取りで家の中へ入っていく。
悪魔の力とは、恐らく魔法のことだ。魔法の才能がある彼女は、幼い頃に魔力を上手く扱えずに母親を傷つけてしまったのだろう。だとしても、それだけの理由でここまで手酷く扱われるとは……。
ヒトの姿であれば、歯ぎしりの一つでもしてしまいそうな苛立ちを感じながら、俺は小屋の影でそっと座り込む。
ああ……食事をして手近な吸血鬼専門の退治屋でも捕まえて最近の情勢を聞き出してやろうと思っていたのだが……。
ザハラに会うまでは灰色だったこの世界は、彼女に出会ってから僅かに鮮やかになった。
だから俺は、彼女と最後に交わした約束を頼りにしてここまで生きてきたっていうのに……。初めて会ったときと逆じゃないか……と頭が痛くなる。
ザハラのことを考えている間に、人々の話し声は徐々に静かになり、夜の闇が景色をゆっくりと飲み込んでいく。
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