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彼女の閉じ込められた小屋の前で息をひそめて夜が深まるのを待った。
酒場からも人の気配は消えたが、小屋の中からはか細い声で祈る声だけが聞こえていた。
三日月が空高く昇って頼りない銀の光が僅かに辺りを照らしている。
人目に付かないだろうと確信してから、変化を解いた俺は、闇に向かって語りかける。せっかくの逢瀬に邪魔が入るのはごめんだからな。
「白銀の三日月 紫紺の夜に潜む我が友よ」
遊蝶花色に染められた優雅なドレスを身に纏って、音も無く現れたのは夜の妖精たちだ。
手首にそっと爪で傷を付けて、地面に吸わせると、彼女たちは頬を僅かに上気させて俺の手首や足元に纏わり付き始める。
「俺の血を対価に与えよう」
声が夜の闇に吸い込まれていく。夜の妖精たちが頬や髪を撫でて俺の血で遊蝶花色のドレスを染めていく。
幾つもの白目のない漆黒の瞳が俺捉えて、言葉の続きを待つ。吸血鬼の血は、彼女たちにとっては極上の葡萄酒のようなものらしい。
「彼らに深い深い朝までの休息を贈っておくれ」
ロングハウスを指差してそう唱えると、囁くような笑い声を上夜の妖精達は壁をすり抜けて、家の中へ飛び込んで行く。
これで邪魔者は入らないだろう。
深呼吸をして、扉を控えめに叩いた。祈りの声が止まり、悲鳴を押し殺す息遣いだけが僅かに聞き取れる。
「お前を傷つけに来たわけじゃない。中へ入れてくれないか?」
扉の内側にいるあかがね色の髪をした少女に、そう声をかけた。
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