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月は傾きかけているが、まだ太陽は地の底で眠っている時間だ。
森へ戻る途中、火を焚いている気配があったので近付いてみると、村からは見通せないような場所に掘っ立て小屋が建てられていた。中を覗いてみると数人の男がいて金品らしきものを並べてなにやら仕分けているようだ。
乱暴に置かれた薄汚れた袋から誘菫の花弁が見える。下卑た笑いを浮かべた野盗たちが「司祭が孤児に使っているものを分けてくれた」だの「都市で金貨に変えて持ち帰れば孤児や奴隷を何人かくれる」と話しているのが耳に入る。
「あそこで飼われてる蛭女はいい悲鳴をあげそうだ。なんならあいつをもらって腕でも切って鳴かせてみるか」
あの子のことだ。頭がカッと熱を持つのがわかる。
こいつらなら、食事にちょうど良い。いい加減空腹が限界だ。汚い男共で我慢するとしようじゃないか。
扉を叩く。足音が近付いてくるので物を知らぬフリをしてこう尋ねてやる。
「寒くてたまらない……中へ入れてくれないか? そこの村へ装飾品の材料になる獣の角や革を買い付けに来たんだが……日が暮れてしまって」
「一人か? 間抜けなやつめ。ここいらは夜になると狼蜥蜴も出るんだぞ」
気弱そうな声で話しかけると、扉の内側から野太い声が返ってくる。間抜けな行商人を嘲るように笑った男は、そのあと魔物の存在で俺を脅してきた。
「参ったな……。礼は弾むから、どうにか入れてくれないか?」
扉に付いているのぞき窓が開いて、むさ苦しい男がこちらを覗く。欲に塗れたヒトはとても扱いやすくて良い。
ごそごそと服を探るフリをしながら、こちらを見ている男に幻惑で金貨を見せると「少し待て」と言って仲間達となにやら相談をし始めた。
気弱な優男が高価な物品を持ち歩いているなんて、こいつらにとっては羊が焚き火を背負って近寄ってきたようなものだ。
下卑た笑みを浮かべながら扉を開けたのは、見上げるほど大きな背丈のたくましい男だった。
「ありがとう。助かるよ」
男が差し出した手をぬるりとすり抜けて、背後に回る。室内には似たような厳めしい大男が四人。良い食事になりそうだ。
まずは、最初に出迎えてくれたこいつからいただくとしよう。
太く汚れた首筋に牙を立てる。プツリと皮を貫く音がして、じわりと温かい血が口の中に流れ込んでいく。
少しだけだが、腹は満たされた。床に倒れた仲間を見て、他の男たちもようやく異変に気が付いたようだ。
フッと一息拭けば、部屋の数カ所に置かれていた蝋燭の火が消える。
吸血鬼の目を持ってすれば夜の闇も太陽が照らす室内とそう変わらない。慌てふためく大男たちの首筋に手が届く順に牙を立てていく。
あっというまに物言わぬ屍になった男共が持っていた金目の物を回収し、紐で死体を括る。このまま放っておけば面倒なことになるだろう。
森の奥、狼蜥蜴が寝床にしている洞窟のそばに大男たちの死体を放り投げてから、俺はおんぼろの屋敷へ戻った。
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