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 夜闇を切り裂くように走る白馬が向かうのは、『人嫌いの辺境伯』の住むシャルフェンベルク城。  深い森の更に奥、荒波に切り出された高い崖の上に立つ広大な城に住むのは、ヴェルゴート・シャルフェンベルク辺境伯と、ほんの数名の使用人に過ぎないという。  とある伯爵令嬢の遣いであるバスラー翁は白馬を走らせ、凍える北風を切ってシャルフェンベルク辺境伯の城へ駆けた。 「この夜分に、大変申し訳ございません。私は、コンスタンツェ・フェルゼンシュタイン伯爵令嬢に仕えるバスラー・ゲープハルトと申します。我が主がこの近くで崖崩れに遭い、馬車を失ってしまいました。そこで、辺境伯様にお力をお貸しいただけないかと思い、参りました次第でございます。失礼を承知で申し上げますが、一往復の馬車と、一晩の宿をお貸しいただけないでしょうか!」  堅牢な城の扉を叩いて、バスラーは声を張り上げた。  辺境伯の人嫌いは社交界でも有名で、その武勇と財力で圧倒的な力を持ち、隣国との国境に面した領地を長年守ってきた有能さから王族からの信頼も厚いにも関わらず、滅多に人前に姿を現すことがない。  そんな辺境伯が力を貸してくれるどうか、予想のつかないところであった。  しかし、近隣に家もなく、頼れるのはこの人嫌いの辺境伯だけである。  幸いにもコンスタンツェ嬢と、バスラーの妻であり令嬢の侍女であるデリアは怪我もなく無事であった。  2頭立ての馬車のうち1頭の馬は崖崩れに巻き込まれて死に、馬車も大きく損傷したが、人的な被害がないのが救いである。 「この旅はとある事情で、私と妻しか供の者もおりません。幸い、我々に怪我はありませんでしたが、この寒い夜の山道で、うら若い乙女の心細さはいかばかりかと思われます。どうか、どうか、お力をお貸しください!」  バスラーの必死の叫びにも、しばらく反応がなく、辺境伯の力添えは絶望的かと、項垂れて踵を返そうとしたその時、扉が重々しく開く。 「――ゲープハルト殿、ご事情を承りました。主がすぐに馬車を向かわせよとの仰せです」  扉から姿を見せたのは、バスラーと同じ年頃の老齢の執事であった。 「ああ、ありがとうございます! なんとお礼を申し上げてよいか……!」 「お礼は後で承りましょう。今は、ご令嬢の救助が優先です。道案内をお願いいたします」 「はい!」  温かな言葉に力強く頷いて、バスラーと老執事は馬車へと向かった。
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