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「……ああ、これは…」
「おや」
「見えています、色彩は少し欠けている気がするけれど…」
「何と……!おめでとう!」
「ありがとうございます…本当に……ああ」
ああ、早く君に会いたい。
今から約六年前、私は隣国との大戦の際に深手を負い、一時重症となったのちに目覚めるとそこは真っ暗な世界となっていた。
目が覚めている筈なのに何も見えない。声だけは聞こえてきて、部下や婚約者や医師が喜んでいる歓声だけは分かる。しかし私の目には何も映っていなかった。
あの時の絶望は今でも鮮明に覚えている。
それから暫くは夢で魘される毎日だった。自分が起きているのか眠っているのかも分からない、朝なのか夜なのかも分からない、気が狂いそうな毎日に何度命を絶とうとした事だろう。
それまでの私は騎士団に属している事が誇りだったし、それで様々な人を救える事に生きる喜びを感じていたのだ。しかし目が全く見えなくなってしまった今、騎士団に戻る事は難しい。
これから先の未来もずっとこの日々が続いていくんだとばかり信じていた若い頃の私には、あまりにも現実を受け止める事が難しく、何の為に生きているのか分からなくなってしまっていた。
それから暫くして、医師から治療法の話をされた。魔力の循環を強制的に行う治療で、体に負担がかかる為数ヶ月に一回しか行えないとの事だった。突然改善して見えるようになる事もあるかもしれないが、そうはならなくとも少しずつなら回復していく筈だと。しかし何年かかるかも分からない為、下手をすれば数十年はそのままかもしれないとも。
それでも、私はその治療に縋る他無かった。少しでも希望があるのならそれに賭けるしか無かったのだ。
その甲斐あって、治療を続けて一年程で私は人の気配や物の形、気の流れが見える様になった。それだけでも大きな進歩で、お陰で私は騎士学校の剣術の講師になる事が出来たのだ。元々人や物の魔力を読むのは昔から戦の時に実践していた事もあり、講師としては何ら問題無く働く事ができた。私は健常者とはいかない迄もそれなりに人の介助無しで生活が出来るまでになったのだった。
しかしそれでも、その頃には自分の周りには昔から信頼のおける友人数人以外に誰も居なくなっていた。
かつての仲間や部下達は私を腫れ物を扱う様によそよそしく接し、結婚するだろうと思っていた女性も家の反対があるからととっくに離れていった。
例え生活が改善しても、私の心にはぽっかりと大きな穴が空いたまま塞がらなくなってしまっていた。そしてその大きな穴は時折私を蝕んで、もうこの苦しく先の見えない人生を終わらせてしまいたい、と考える事も少なくは無かった。
そんな辛く苦しい生活を続けて三年、私は漸く光と出会うのだ。
彼の名はスタンレイと言った。
一度演習場付近の道でぶつかってしまった事をきっかけに、彼は何故か私の元へ押し掛けて来る様になったのだ。
この様な目になってしまってから、私の元に通ってくる他人等殆ど居なかった。友人達は皆出世して忙しく家族とも疎遠で、精々騎士見習いの生徒が授業の事で質問しに来る位しか思い当たらない。かつての婚約者が時々様子を見にやって来てくれるが、義理と同情で来てくれている事は明らかだった。
「すごい…凄すぎるよノアー!」
人と沢山話すのは久しぶりで何を話したら良いのか分からない私は、かつての騎士団に属していた時の冒険話を始めた。人によってはつまらないと感じるだろう話でも、スタンレイは毎回とても楽しそうな様子で聞いては喜んでくれた。
段々と、私のぽっかりと空いたままだった心の大きな穴が埋まっていくような感覚を覚えた。姿は良く分からなくとも、スタンレイの明るく楽しそうな声や素直さ、ケーキをあげた時に喜んで照れてしまうような可愛らしさに、次第に私は彼に心を奪われていくのを自覚せざるを得なかった。
だからだろう。久しぶりに会った友人にスタンレイと言う名前の人を知っているか、と聞いた時に、返ってきた返答に信じたくなくて、彼を必要以上に糾弾してしまったのだから。
「スタンレイ?ああ、この国で知らない人のが少ないんじゃないかな。あれは魔性の男だよ。見目が良すぎて人間じゃなくて妖精じゃないかとか言われてるが、去るもの追わずの快楽主義者なのは有名な話さ。冷淡で誰も愛さない美貌の王子様。一度毒牙にかかったら皆彼の虜っていう危険な男だよ」
結局必要以上に彼を糾弾してしまった私は、去り際泣かせてしまった事に気付き後日謝りに行くのだが…そこで彼の本音を知り、彼も私を愛してくれた事を知る。しかも本当に愛したのは私が初めてだと、そう言ってくれた。
それからまた三年が経ち、私の目の治療は程なく進んでいた。段々と遠くの木々や建物の影が分かるようになって来ており、手を取って喜んでくれる恋人の為にも早く見える様になりたい、その思いが募る日々だった。
そしてその願いは叶ったのだ。
いつもの治療を終え、目を開ける。目に飛び込んできたのは、ぼんやりとした医務室の天井だ。はっきりと、天井の模様がわかった。
ゆっくりと起き上がると、医師が此方を覗き込んでいる。六年経って老いた医師の顔や皺が分かった。
「見えています、色彩は少し欠けている気がするけれど…」
「何と……!おめでとう!」
医師は自分の事の様に喜んで涙ぐんでくれた。私まで少しもらい泣きしてしまう。
検査の結果、色彩がまだ少し怪しく鮮やかな緑色が認知できていない事が分かった。それ以外にも視界に欠けがあったりぼやけている箇所がある事が分かったが、それでも今は充分だった。
帰りの道すがら、私はひたすらに感動しながら歩いていた。
分かる。道が見える。置いてある観葉植物もなんの種類か見て取れるし、窓の外をちらりと覗くと外の城壁と演習場が見える。
ああ…なんて事だ。物が見えるというのはこんなにも素晴らしい事なのだ。
でも何よりも一刻も早く彼に会いたかった。
──スタンレイ、彼に。
自室のドアの前で、私は緊張して立ち尽くしてしまった。今日は週末でいつも彼と一緒に過ごしているのだが、治療が終わる頃に私の部屋に来てもらう様に言ってあるのだ。
このドアの向こうにスタンレイが居る。そう思うとドキドキと早鐘を打つ心臓が煩いくらいに耳元で音をたてている。騎士団に入る際の面接でもこんなに緊張しなかった…そう思う位だった。
意を決して、がちゃりとドアノブを回した。
「おかえり、どうだった?」
窓際に立っていた一人の青年が、にこりと笑って此方に向かって歩いて来た。
見事なまでに美しく輝く金色の髪は後ろに一つ結われており、吸い込まれそうな程深い蒼色の瞳は同じく金色の睫毛に彩られ、輝いて見えた。人生でここまでに完璧なパーツで作られた顔を見た事が無いと思う程に美しいその顔は、優しく此方を見返していた。
身長は私の顎くらいの高さだが、それでも上背がある。しなやかで細身なその体もまるで神が作られた天界の使者の様な出で立ちだった。
美しい男だとは勿論本人や友人から聞いていた。しかし本物は予想を遥かに超えていた。ただ美しいなんてものじゃない、この世の全ての美を詰め込んだ様な男性だった。
私が何も言わずに彼を凝視しているので、段々とスタンレイは首を傾げながら真顔になった。そしてはっと何かに気付いたように目を見開く。
「え……もしかして、見えてる?」
「ああ」
「え、え…嘘、本当に…?どれくらい見えてるの?」
「君の顔立ちや、美しい髪も全て見えているよ」
「!」
ぶわ、とスタンレイの目から涙が溢れた。そしてその勢いのまま私に抱き着いてきた。「良かった、本当に良かった…!」と言いながら大粒の涙を流す彼は、やっぱり私の知っている可愛いスタンレイそのものだ。何時だって私の為に泣いてくれる、泣き虫で可愛い彼なのだ。
まさかこんなに美しさの塊の様な男性とは予想出来ず見蕩れてしまう程だが、この容姿で彼が苦労した事も知っている。これからは彼の全てを愛し、守り抜こうと心に誓った。
そっとスタンレイを抱き締め返す。暫くぐずっていた彼だが、急にがばっと私の腕から抜け出すと後ろに下がってしまった。何だろう?と私が訝しんでいると、今度は何故か真っ赤になった彼が自分の顔を隠す様に後ろを向いてしまった。
「て言うか、いきなり見えると思ってないから……変な服着てきちゃったし…」
「?素敵な装いだよ」
「俺は!初めてノアに見てもらえる時は最高に格好良い服と髪型でビシッとキメようって思ってたんだよ…!」
深めの紺色のベストにシャツ、グレーの細身のスラックスは品があり彼にとても似合っていた。何処が変な装いなのか分からないと思ったが、そういう事か。
彼らしい可愛さに自然と私の顔が綻んだ。そして彼の元へ近付くと、そっと後ろから彼を抱き締めた。
「君が何を着ていても、美しくて可愛い私の恋人なのに変わりは無いよ。もっとよく見せて」
恐る恐ると言った感じで彼が此方を振り返る。やや頬を赤らめて目元が潤んだ彼は、壮絶なまでに美しく可愛らしい。
「俺…変じゃない?」
「変?何処が」
「本当に?幻滅してない?初めてちゃんと見えて、こんなんだと思わなかったー!なんて冷めたりしてない?」
「する訳ないだろう。スタンレイがどんな出で立ちでも愛しているのに変わりは無いが、むしろ予想以上に素敵な男性で惚れ直している位だよ」
良かったぁ、と言って涙ぐむ彼が本当に可愛い。散々この美貌について人から賛辞を受けているだろうにも関わらず、私からどう見られるか心配になってしまうのはきっと…私だけを特別に愛してくれているからだろう。
ああ、可愛い私のスタンレイ。
「愛しているよ。君が例え醜男だろうと、天使の様に美しかろうと、君だけを愛しているんだ。三年間目の見えない私と共に居てくれてありがとう。これからもずっと君の傍に居させてくれ」
「もちろん…もちろんだよノア。大好き…目が見えて本当に良かった」
再び涙ぐんでしまう可愛い恋人の口元に、そっと私は自分の唇を寄せた。
友人やかつての仲間達に私の視力が回復した事が伝わるのは早かった。友人達も涙ながらに喜んでくれて、かつての仲間達は「もう一度騎士団に戻らないか」等と言ってくれたが、しかしそのつもりは毛頭なかった。
目が見えないながらも馬鹿にせず、付いてきてくれる騎士見習いの卵たちへの講師を続けたいと願ったのだ。若い騎士見習い達は「先生が目が見えてない事すら知らなかった」と驚く者も居たが、喜びながらも変わらず接してくれる子達ばかりで私は嬉しかった。
スタンレイの方はと言うと、私と付き合っている事を公表したいと申し出て来た。
目が見えていない時からずっとその様に言われてきたのだが、私の様な障害者が人気者である彼と恋仲であると公表するのは、彼の外聞が良くないだろうと断ってきたのだった。「自分も人気者のくせに何を言ってるんだよ」とスタンレイは苦笑していたが、私が人気者である訳が無いのだ。皆遠巻きにして私と関わらずにいた事はこの数年間身に染みて感じている。
視力が回復した事だし、やっぱり公表したいと彼は言った。彼のファンクラブとやらは小国が築けそうなくらいの人数に膨れ上がっており、未だ独り身である彼を狙う輩は後を絶たないのだと言う。
目が見えていない時は自分への自信の無さから渋っていたものだが、今の私は二つ返事で了承した。むしろこんな美しい彼を独り身だという噂の中に放っておいて、何かあっては堪ったものでない。よく正気で居られたものである。
そして後日スタンレイが自身のファン達に「ノアという元騎士団長と三年前から付き合っているし、今後も彼一人だけを愛する」と宣言してくれたのだが、まさかそれが記事になって新聞に載る程だとは思わなかった。彼はどうやらこの街、ひいてはこの国中にファンが居るらしく、絵姿が街の市場で売られている程の人気者だった。話は尾ひれが付いて「盲目の騎士団長に献身的に尽くした天使が、愛の力で視力を回復させた」だとか言われる迄になり、結果人気に拍車がかかってしまったようだ。そして何故か私と彼が二人で並ぶ絵姿まで出回る様になり、友人が面白がって送ってきた物は今でも私の部屋に飾ってある。
驚きはしたものの、これで彼を独占出来るかと思うと悪くは無かった。そして漸く身辺が落ち着いた頃、私達は初めて城の外で会って食事をする事にしたのだった。
「ここ、有名なお店なんだって。友達に紹介してもらった」
「そうなのか。確か…レオナルドと言ったかな」
「そう!今度会わせたいな、俺の幼馴染で兄みたいな人なんだ。ノアの事も前から知っていて、憧れてるって言ってたよ」
「ありがとう、それは光栄だ」
大通りから少し外れた小路沿いにある一軒家のレストランは、こじんまりとしているがとても洒落ていて可愛らしい店だった。スタンレイがそこに居るとまるで崇高な絵画の一枚の様である。
中へと案内され、二階の個室のテーブルに私達は座った。余りにも有名人になってしまった彼は、人が多い所ではろくに食事も取れないのだと言う。可哀想ではあるが、今日の一段と美しい彼を独占できるのかと思えば悪くは無い心境だった。
初デートだから気張り過ぎちゃった、と照れた様子で今朝私の前に現れた彼は普段とは違う華やかな美しさで、このまま誰の目にも触れさせず、何処へも行かず部屋に閉じ込めてしまいとすら思う程美しかった。
淡いピンク色のリボンで纏めた髪はふわふわと緩い巻き毛にセットされており、細やかな刺繍が施された白を基調としたジャケットに、ベージュのスラックスを合わせた彼はまさに天界からの遣いそのものだった。対する私はと言うと、目が見えるようになってから少しだけ気にして切りそろえた癖のある黒髪に、黒に近い紺色のなんてことは無い普通のジャケットを合わせていた。彼と並んで歩くと見劣りするだろうが、致し方あるまい。
今だって「何食べよっか」とメニューを開いてにこにことしているスタンレイは、窓からの日差しとも相まって現実のものではないかの様に輝いて見えた。
しかし私が余りにも見つめるものだから、段々と彼の白い頬に赤みが差していくのが見て取れた。
「…ノア、あんまり見られるのも恥ずかしいんだけど」
「いや、すまない。今日のスタンレイは一段と華やかで美しいから、思わず見蕩れてしまった」
「ありがとう…でもノアも格好良いよ、ジャケット似合ってる」
ありがとう、と私が笑うと、真っ赤になってしまった顔でスタンレイははにかんだ様に笑った。
本当に凶悪なまでに彼は可愛らしい。容姿や表情が分からなかった頃ですら可愛すぎてどうにかなってしまうと感じていたのに、こうしてその表情や赤くなった顔が分かるようになると、益々その気持ちが強くなった。
しかもどうやら、そう言った沢山の表情は私の前でしか見せていない様だった。
近衛兵の仲間と過ごしている所や一人で食堂にいる所等何回か目撃したのだが、彼はいつも無表情で硬い表情を浮かべていた。近寄り難い美形とは彼の事を言うのだろうと言う雰囲気だった。ところがひとたび私を見つけると花が咲いた様に顔が綻び、にこにこと駆け寄ってくるのだ。
そもそも「美しい」と言われ人から見詰められる事には慣れ切っているだろうに、私からそうされると毎回照れて顔を真っ赤にしてしまう。こんなに可愛い生き物が他に居るのかと思うくらい愛らしく、また私自身彼に深く愛されていることを実感して益々彼の事を愛しく思うのだった。
適当にランチのプレートを頼み、到着したそれは綺麗にひとつの皿に沢山の料理が小さく並べられていた。普段食べないような食材もありどれも美味しかった。
「ノアは最近よく食べるようになったよね」
「そうだな、目が見えていない時は食の楽しみという物がどうしても感じられなくて」
「確かに、視覚から美味しいって感じる事あるもんね」
それから私達はたわいも無い話を沢山した。相変わらずスタンレイはにこにこと私の話を聞いてくれるので、つい饒舌になって色んな事を話してしまうのだ。
食後のデザートも食べ終えた頃、私は少し落ち着かない様な気持ちを感じていた。前々から言おうと思っていた事を言うだけなのだが、如何せん内容が内容の為緊張してしまう。手の平も薄らと汗ばんでくるが、意を決して私は口を開いた。
「…スタンレイ」
「何?」
「今日はありがとう。また今までずっと三年間自宅でしか会えない退屈な毎週末に、文句も言わず一緒に居てくれてありがとう」
「何それ、当たり前だよ。俺はノアと居られたら何処でも良いんだ」
優しく笑ってくれる恋人に、私の方こそ目頭が熱くなってしまう。スタンレイは私には勿体無い程素敵な人だ。しかし勿体無いからと言って、他の誰かにかっさらわれるのだけは御免だ。彼は私だけの物でいて欲しい。
以前から用意していた、小さな箱をそっと懐から取り出した。その箱を見ただけで、私が何を言おうとしているのか察したらしいスタンレイは固まってしまった。
「スタンレイ、愛している。私だけの愛しい人。これからもずっと君だけを愛すると誓う。だからどうかこれを受け取って欲しい」
箱を開ける。中には、この国の国花が象られた指輪が入っていた。この国では永遠の愛を誓う象徴としてこの花のモチーフを使用した指輪を送るのが定説だ。
スタンレイは驚いた様に固まった後、みるみる眦に涙を溜めた。しかし嬉しそうな顔の反面、何故か辛そうに顔を歪めてしまったのだ。
「……嬉しいよ、ノア。でも、本当に俺でいいのかな」
「どう言う意味だ?」
「……もし目が見えたままだったら、ノアはあの女性と結婚していたんだよ。そうしたら普通に子供も出来て、普通の幸せがそこにはあったかもしれない」
「……」
「でもかたや俺なんか、性格の悪い顔しか取り柄のない男で…暖かい家庭なんてノアに提供出来ないし、それどころかちょっと出掛けるだけで騒ぎになるくらいだし…迷惑しかかけないと思う」
彼は今にも泣き出しそうな表情になってしまった。何かを堪えているその悲痛な表情に、私まで悲しい気持ちになってしまう。
「ノアの視力が回復して本当に嬉しい。でも今なら、あの令嬢やもっと他の誰か普通の女性との未来だってある」
「……そうなったら、君はどうなるんだい?私だけを今後も愛すると、宣言してくれた君は」
「俺の事はどうだっていいんだ。また前みたいな生活が戻るだけで」
ぐっと堪えた様な表情で俯く彼に、今すぐにでもテーブルの向こうに回って抱き締めてやりたくなってしまった。
彼の言っている事は全て間違いだ。そもそも、彼は自分自身を根っからの悪党だとでも思っているような口振りで語る事があるが、目が見える様になった今それは全て間違いだと分かる。
スタンレイの容姿は確かに飛び抜けて美しく素晴らしいが、もし本当に彼が根っからの悪人ならばこの美貌を武器に人々を操り国を乗っ取る事すら容易いだろう。または自分を売り込み神だと自称すれば、信じる人が大勢現れ一つの国や宗教が出来るかもしれない。他国を揺さぶり誘惑し、戦争を起こそうと思えば出来てしまうに違いない。
それ程に彼の容姿は秀でている。多少過去に弄れて爛れた男女関係を送っていた事くらい、可愛いものだ。
それにもうひとつ、彼には根本的に考えを改めて欲しい事がある。それは──。
「スタンレイ、君は間違っているよ」
「でも…」
「良いかい、よく聞いて。あの時こうだったらとか、もしこうじゃなかったらとか、仮定の話は意味が無いんだ。何故なら私は六年間目が見えずに、ほぼ全てのものを失ったのは事実なのだから」
「……」
「それでも私が生きる希望を見い出せたのは、君が私の傍に居てくれたからだ。そしてこれからの未来に君の居ない人生なんて考えられない。そこに幸せなんて無いのだから」
ぽろりとスタンレイの涙が目から零れる。本当に私関連の事には涙脆いと苦笑しながら、彼の手を取ってそっと包み込んだ。
「君を愛しているよ、スタンレイ。私が今ここに居るのは君のお陰だ。これから先も君以外の人間を愛するなんて考えられないんだ。だからどうかこれを受け取ってくれないか」
「……ノア…俺なんかで良かったら、…ずっと一緒にいて欲しい。俺だって、本当はノア以外の人を愛するなんて無理なんだ。ずっと、最初から、人生でただ一人だけ貴方が好きだ…」
そう言ってスタンレイは震える手でその指輪を受け取り、自分の指に嵌めてくれた。涙で濡れたその顔がにっこりと笑うと、私はいても立っても居られなくなりとうとう立ち上がってテーブルを周り、座る彼をぎゅっと抱き締めてしまった。
「ありがとうスタンレイ。一生大切にする」
「俺を大切にするって事?何だそれ」
彼は体を震わせて笑った。「じゃあ俺もノアを大切にする」と言って私の腕をぎゅ、と包み込んでくれたので、私の方こそ少しもらい泣きをしてしまった。
私達は暫くそのまま抱き合ってお互いの存在を確かめ合っていた。
自室に戻ってくるや否や、私は性急にスタンレイを求めてしまった。愛を受け入れて貰えた事に歓喜し昂ってしまっていた。
まだ煌々と明るい室内だが、カーテンを閉めに行く余裕すら無かった。私はスタンレイの手を引いて、部屋の隅にあるベッドへと誘導した。彼を求めているからと言って乱暴に扱うつもりは無く、私はゆっくりと彼をベッドへ横たわらせ上から覆い被さる様にして彼を覗き込んだ。
「…こ、こんな明るうちにするの…」
「駄目かな。スタンレイは全てが美しいから問題無いと思うが」
「そう言う問題じゃなくて、恥ずかしくて…」
眦を赤く染めて目を泳がせるスタンレイは可愛らしい。私は我慢出来ず彼の目元にキスを一つ送った。そのまま彼の顔中にキスの雨を降らせ、やがて降りていった先にある唇にキスをした。
暫く触れるだけのキスをした後、唇を少し開き舌を彼の口の中に潜り込ませる。抵抗無く受け入れられたそこを、私はくまなく舌で愛撫した。
「ん、ぅ…」
「はあ、スタンレイ…」
すっかり息が上がり、ついでに下の方も熱くなってしまっていた。キスの合間に自分の熱く硬くなったものを彼に押し当てると、彼もまた同じくそこを硬くしてくれているのを感じた。擦り合わせる様にして動くが、彼から非難の声が上がってしまう。
「ちょっと、やめてよ…すぐいっちゃうから…」
「……」
本当に彼は私を煽るのが上手い。目が見えていない時でさえ余りにも煽られるものだから理性を保つのに必死だった。今はその可愛い言動の上に照れて顔を背けてしまう仕草や美しい顔立ちと体まで見えてしまい、私自身がどうにかなってしまうんじゃないかと思うくらい体が興奮するのを抑える事が出来ない。
すぐ様私は彼のジャケットとシャツを脱がしに掛かる。露になったしなやかな上半身を愛でつつ、胸の上にある小さな桜色の突起を弄ると、頭上から甘い吐息混じりの声が聞こえてきた。ここは随分前から私が触るようになり、すっかりここだけでも果てる事が出来るくらいに感じる場所となった彼の性感帯の一つだ。
そこを弄りながら、下の方も脱がせてしまう。既に隆起したそこが可愛く思えて、私はもう片方の手で濡れたそれを上下にゆるゆると触った。
「んっ…あ、やだ…同時に触らないでっ…」
「気持ちいいから嫌なんだろう?大丈夫だ、私しか見ていないから存分に感じて」
「ひ、…んっ…あ、ああっ」
全身を赤く染めて喘ぐスタンレイは恐ろしく美しく淫靡だ。眉根を寄せて快楽に耐えているのも、鮮やかな金髪の前髪が顔にかかって乱れているのも美しく、見ているだけで自身が果ててしまいそうな程興奮する。
視力が回復して本当に良かったと思う。普段の彼のころころと変わる表情や、今の様な快楽を我慢している淫らな表情、全てを見る事が出来る。見えていなくても幸せで彼を心から愛していたが、見えるようになって更に彼を愛してしまった。二度も惚れてしまったのだから、もう逃しようがない。逃せない。
濡れやすい彼の陰茎から零れる蜜を塗り込めるように手を動かせば、益々そこは濡れていやらしい音を立てていた。
そしてそのままそれを利用し、後ろの孔の方に指を伸ばす。すっかり期待で待ちわびていたそこは易々と私の指を受け入れた。
「ひっ、…あっ…!あ、うぅ…」
中を拡げる様に指を動かせば、いい所に当たるのかスタンレイの体がびくびくと跳ねた。全身で感じている事を示す彼が愛おしくて、私は彼の弱い所を重点的に指で嫐った。
「んっ、あ、ああっ、駄目…いっちゃうから…」
「いいよ、いって見せて」
「やだ…ノアと一緒がいい」
「っ…」
本当に彼は私を煽る天才だ。私は自身の衣服を脱ぐと、ズボンの前を寛げて張り詰めた怒張を取り出した。
スタンレイの足を抱えて開かせ、ゆっくりとそこに押し当てて進めていく。
「んんっ、…ああ、あっ!」
体をくねらせて後ろを収縮させている彼は、まるで私を待ちわびてくれていたかの様にすんなりと受け入れられた。熱く泥濘んだそこは絡み付いてくるような感覚で、すぐにでも果ててしまいそうなのを必死で堪えた。
はあはあと息も絶え絶えな彼が、此方に腕を伸ばしてきた。
「ノア…っキス…したい」
「ああ、もちろんしよう」
私は彼の腕を掴むと、そのままぐいと引っ張り上げた。中の角度が変わったからか彼は呻き声を上げたが、お構いなく私は彼を自分の腰に跨らせる様に座らせ、二人とも座った状態のままキスと律動を始めた。
「んっ、…ん、あっ……ふ」
「…はあ、スタンレイ…」
下から突き上げるように動かせば、スタンレイはその度にびくびくと背筋を戦慄かせた。
私と彼の間で擦られているその可愛い陰茎もまた快楽に一役買っているらしい。いつも以上に感じているのか、顔を真っ赤に染めた彼は下がりきった眉とだらしなく開いた口元が堪らなく淫靡だった。
更に奥を突き上げると、ぎゅっと中がうねって収縮するのが分かった。私ももうもたない。
「んっ!あ、ノアっ…いく…っ」
「私もだ、…っ」
「ぅ、好きっ…愛してる…っあ、ああっ」
「スタンレイ…っ愛している」
ぎゅう、と搾り取られるかの様にそこが収縮して、前にあった彼から熱いものが放たれているのが分かる。その動きにつられ、私も彼の中に放った。
二人の荒い息が重なる。そして自然に私たちはまた唇を重ねた。
「ノア…」
「ん、何だ」
「俺が老いておじいちゃんになって、みすぼらしい見た目になっても愛してね」
「ふ、何だそれは」
つい笑ってしまったが、彼は真剣らしい。ムッと怒った様な表情をされたが、それすらも可愛らしいと感じる。
「私はスタンレイの見た目を愛したんじゃない、その中身を愛したんだ。もちろん目が見える今はその容姿も愛しているが。だから何も心配はいらないよ。お互い老いたら、家でゆっくりしながらまた時々出掛けてお茶でも飲んで、キスしよう」
「…ノアー!大好き」
私の前だけで素直な彼は、花が咲いた様に笑い私に抱き着いた。
愛おしくて宝物の様なスタンレイ。本当に愛の力で目が見える様になったんじゃないかとすら思う程だ。彼と出会えた事で生きる希望を見出し、前向きに生きて来られた事は関係あると思うのだ。
私は抱き着いて来る彼の細い腰を抱いて、もう一度キスを送った。
それから、私達は結婚した。
正確に言えばこの国はまだ同性同士の結婚は認められていないため戸籍は移動出来ず、パートナーとして生きると教会に誓いを立てただけなのだが。
それでもその日、私達はきちんと婚礼仕様の白い服をお互いに着て、誓いのキスも神前で交わした。
一歩教会を出ると、私達を祝福してくれる街の人々が一斉におめでとう!と言って花びらのシャワーを投げてくれた。これには私もスタンレイも驚いて、お互い泣きそうになりながら笑ったものだ。これならばそのうち我が国も同性同士の結婚が認められる日がそう遠くは無いかもしれない。
その後知り合いや親族だけを招いて規模の小さな祝賀会を開いた。
「あ、あの、ノアさん!ずっと俺ノアさんに憧れてて!今のこの国があるのはノアさんのおかげだとず、ずっと思っていて!尊敬してます!視力が回復して、スタンレイと結ばれて、本当に良かった…おめでとうございます!」
スタンレイの幼馴染で友人というレオナルドと初めての会合を果たしたが、スタンレイの言う通り彼は前から私の事を知っていて尊敬の念を抱いていてくれたらしい。
どうやら私の預かり知らない所では、私は英雄として崇められていたと今更ながらに知った。私は目が見えなくなってからずっと孤独だと思っていたが、実は案外そうでは無かったのかもしれない。
「スタンレイ、疲れたかな」
「…少しね。でも嬉しかったし楽しかった」
「そうだな」
全ての行事が終わる頃にはすっかり夜も更けており、新しく二人で住む為に購入した新居に帰って来られたのはもう真夜中という時間だった。
忙しくも、幸せな一日だった。今日の事は未来永劫忘れる事は無いだろう。
私はゆっくりとスタンレイに近付くと、彼を正面から抱き締めた。
この頃最近やっと色彩が全て認識出来るようになり、視界の欠けも減ってきた。しかしそれでもどうしても治っていない部分もあり、それはもう一生治らないかもしれないと医者からは言われていた。しかしそれでも構わなかった。むしろこのまま悪化して、元に戻っても構わない。今この時に、彼との思い出があれば視力なんでどうでもいい事だとすら思うからだ。
私に抱き締められた彼は、ふうと息を付いて私に身を委ねた。
「次は新婚旅行だね」
「…そんな行事もあったな」
「何?忘れてた?」
「いや、別に新婚旅行でなくとも、君とはいつでも旅行に行きたいなと思っていただけだよ」
「…ノアってずるい」
いつでもすぐ俺を喜ばせるんだから、と拗ねた様に私の首元に頭を寄せる彼は、最近よく拗ねたり怒ったりとする姿をよく見せてくれる様になった。私に心を開いて、甘えてくれている証拠だろう。
気持ちが溢れて、そっと額に口付けを落とした。途端に嬉しそうな笑顔に変わる彼が本当に愛おしくて敵わない。永遠にこうして毎回毎秒、彼を好きになっていくのだろう。愛が尽きる事が無い。
「愛しているよ」
「俺も。愛してる」
何度言っても飽きないそれを胸に誓い、私は彼の唇に口付けを落とした。
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