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〇話「式神降臨」
とある山奥に、一つの集落があった。
小さな茅葺屋根の家が数十軒と、大きな屋敷が一軒。
その日は朝早くから山伏の恰好をした男たちが屋敷へ向かって歩いていた。
「いよいよ今日だな。」
「・・・・・・あぁ。」
話しかけられた長身の男がしばし沈黙したのち、ぶっきらぼうに答えた。
「どうしたんだ? やけに機嫌が悪そうじゃないか。」
「本当に大丈夫なのか? あの盲目巫女で。」
背の低い男が慌てて周囲を見回して声を抑える。
「お、おい! 声が大きいぞ!」
「フン、他の者に聞かれたとて、皆が思っていることではないか。」
「そ、それは・・・・・・。」
背の低い男がバツが悪そうに言い淀んだが、すぐさま言葉を返した。
「で、でもあの巫女様が歴代で一番の力を持ってるって河神様が仰ってるじゃないか。」
「どうだかな。あの盲目巫女を担がねばならないほど我らが追い詰められている証左なのかも知れんぞ。」
「や、やっぱそうだよなぁ・・・・・・。」
背の低い男が大げさに肩を落として見せる。
彼らは薄々感じとっているのだ。この集落の行く末を。
集落にある家は半分以上が空き家になっており、逆に墓石に刻まれる名は増える一方。
そう遠くない未来に、この集落は滅んでしまうだろう。
「だが、我ら一族で人の世を取り戻さなければならないことに変わりはない。」
「そ、そうだよ! その為に厳しい修行に耐え抜いてきたんだから!」
そんな会話をしているうちに、二人は屋敷へと辿り着いた。
彼ら以外の人間は全て屋敷の前に集まっている。
「ヤ、ヤバ! 遅れたか?」
「いや、時間ちょうどだ。他の者たちも気が逸っているのだろう。」
二人が集まっていた者たちの最後尾について待っていると、巫女装束を纏った少女が屋敷の奥から姿を見せた。
腰まで届く長く艶やかな黒髪は一歩踏み出すごとに舞うように靡く。
彼女の瞳は目隠しで覆われており窺い知ることは出来ないが、誰の手を借りることもなくそのしっかりとした足取りは、まるで全てが視えているかのようだ。
「本日はお集り頂きありがとうございます。」
巫女の凛とした声が響き、その場に居る者すべての耳に届いた。
「事前の取り決め通り、式神降臨の儀を執り行います。皆の力をお貸しください。」
事務的な口調でそれだけ言い残すと、巫女は屋敷の奥へ消えていった。
集まっていた者たちも順に巫女に続いて屋鋪の奥へ足を進めていく。
最後尾の二人もそれに倣って屋敷へと足を踏み入れた。
「こ、これが・・・・・・。」
「式神降臨の陣か。」
集まった者たちで半分も埋められないほどの大部屋に、びっしりと描き込まれた陣。
霊力を込めた巫女の血で長い年月をかけて描かれたものであるという知識は与えられていたものの、その場にいた者の殆どはその異様な光景に圧倒されていた。
「皆はそちらの陣の中へ。」
言葉に従い、集まった者たちが祭壇の前にある一番大きな陣に組み込まれていく。
全員が祈祷の体勢に入ったのち、巫女が祭壇に立った。
祭壇の上にも大きな陣があり、その陣には結界が張られている。
「成功したらあそこに式神が現れる・・・・・・んだよな?」
「先代のように強力な式神だと良いのだが。」
「だなぁ。あの雄々しい姿は今でも思い出せるよ。」
コソコソと話していた二人に怒号が飛ぶ。
「そこ! 儀式に集中しろ!」
「「も、申し訳ありません。」」
巫女が祭壇の上で膝をついた。どうやら始まったようだ。
怒られた二人もすぐさま体勢を整えなおす。
巫女が他の者には聞き取れない言葉で呪文を唱え始めると、陣が淡い光を放ち始めた。
「ぐっ・・・・・・これが霊力を奪われる感覚!?」
「この日のために訓練を行っていたが、その比ではないな・・・・・・っ!」
一人、また一人と霊力を奪われた者たちが倒れていく。
そしてその分の負担が他の者たちへ伸し掛かる。
半数が倒れた頃、祭壇に変化が起き始めた。
結界の中央に、一粒の光の粒子がどこからか降ってきたのだ。
光の粒子は二粒、三粒と増えていき、やがては数え切れない奔流となって結界の中を満たしていく。
結界の中に満たされた光は一瞬の閃光を放ち、静かに収まった。
「お、終わった・・・・・・のか?」
陣は機能を停止し、力を奪われる感覚はすでに無くなっている。
「そうだ、式神は・・・・・・!?」
皆が眩んでいた目を何とか開き、祭壇へと視線を向ける。
「そんな・・・・・・。」
「あれが新しい式神・・・・・・なのか?」
気を保っていた者たちから落胆の声が上がる。
後ろに居た二人も何とか視覚を取り戻し、祭壇の方へ眼を向けた。
「嘘だろ・・・・・・? あんな弱そうなのが新しい式神?」
「我が一族は・・・・・・悲願を為すことなく潰えるか。」
結界の中に現れた式神は、見目麗しい金色の髪の童女の姿をしていた。
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