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一話「妖怪対峙」
ドン、と固い床に尻もちをついた。
「いてて・・・・・・。」
床を手で探ってみると、手で触った感覚では木で出来た床のようだ。
体勢を立て直し、光で眩んでいた目をゆっくりと開いていく。
まず最初に目に飛び込んできたのは、俺を囲うように四角に張られたしめ縄だった。
ただのしめ縄ではなく、魔力が発生して壁を作っているようだ。結界と言った方が正しいだろう。
そしてその結界は大きな祭壇の上に張られているようだ。
それなりに強力な結界のようだが、俺が魔力で負荷を掛けてやれば壊すことは簡単だ。
次に視界に入ってきたのは、一人の巫女。
艶やかな長い黒髪に、美しい顔立ちの巫女は正に大和撫子と表現できそうな佇まいだ。
だが彼女の眼は紋様の描かれた目隠しで覆われており、暗い室内と相まって異様な雰囲気を醸し出している。
祭壇の周りにはろうそくが立てられ、それが唯一の明かりとなっている。
灯火に照らし出された室内は畳に障子・・・・・・和室のような造りになっていた。
ひょっとして、どこかの時代のアズマ国に飛ばされてしまったのか?
そして巫女の後ろには修行僧のような恰好をした男が大勢。しかし半分以上が倒れている。
彼らの視線が一斉に自分に向くと、溜め息や落胆の声が聞こえてきた。
「そんな・・・・・・。」
「あれが新しい式神・・・・・・なのか?」
「嘘だろ・・・・・・? あんな弱そうなのが新しい式神?」
「我が一族は・・・・・・悲願を為すことなく潰えるか。」
俺を見て好き勝手言っているようだが・・・・・・一体何なんだコイツらは!
表面は無表情を貫きながら内心では憤っていると、結界の目の前に居た巫女が話しかけてきた。
『あナた シキガみ ケっかイ めイレい でレなイ わタシ しょうカんシタ アなタ シュじん。』
な、なに言ってんだこの巫女さん・・・・・・?
今まで方言やらはあったが、こんな文法も発音も支離滅裂な共通語聞いたこと無いぞ。
意味を測りかねていると、彼女の言葉はまた最初に戻り、同じことを何度も話しかけてきた。
何というか、翻訳アプリ無しに外国人に話しかけられているかのようだ。
それでも懸命に言葉を拾ってなんとか解読してみる。
どうやら彼女が俺を召喚して、結界に閉じ込めたらしい。
そして結界から出して欲しければ契約を結んで従え、ということのようだ。
まぁ、確かに普通の人ならこの結界は破れないんだろうけど。
しかしどこの国なんだよ、こんな下手クソな共通語・・・・・・って、いや、待て。ちょっと待て! 待て待て待て!!
よく考えたら、後ろの修行僧みたいなヤツら・・・・・・日本語で話してたぞ!? どうなってるんだ!?
だが誰かに聞こうにも、一心不乱に話しかけてくる巫女に不満たらたらの修行僧たち・・・・・・聞けそうな相手が居ない。
それに、どちらの言葉も分かるというこちらの手の内を見せるような真似もしたくない。とにかく情報が必要だ。
どうしようかと思案していると、奥の障子がスーッと開いた。
「何か問題が起きたのか?」
入ってきた人物が修行僧たちに声を掛ける。
「おぉ、河神さま。 それが・・・・・・。」
河神さま、と呼ばれた人物は暗い部屋の中では姿を確かめることが出来ない。
修行僧が言い淀みながらこちらへ視線を向ける。
なんだその視線は、こっちは勝手に召喚されたんだが?
いっそこの結界を壊してやろうか。
「ほう、あの方が新しい式神様か。」
「は、はい。そのようです。」
「ふむふむ・・・・・・。」
河神と呼ばれた人物はゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。
修行僧たちは祭壇への道を空けて、頭を下げる。相当重要な人物らしい。
河神は一心不乱に言葉を掛けてくる巫女の横を素通りし、結界のすぐ傍に立った。
祭壇のろうそくの灯が揺らめき、河神の顔を照らし出した。
「はぁ!? か、河童・・・・・・!?」
あまりにも意外だったその姿に、思わず声を上げてしまった。
俺の言葉通りの姿がそこに立っていたのだ。
緑色の皮膚に嘴のように尖った口、そして極めつけの頭の皿。
まさしく俺の知る河童そのままの姿だ。生えている髭は白く、顔は皺だらけなので老齢のようだが。
「あ、あの小娘、河神さまになんと無礼な・・・・・・!」
修行僧たちが俺に敵意の視線を向けるも、河童がそれを水かきのついた手でそれを制した。
「河神さま・・・・・・!」
「ほっほっほ、構わんよ。しかしその名で呼ばれたのは本当に久しいのう。どうやら人語を解する式神様のようじゃ。」
う、しまった・・・・・・思わず口走ってしまった。
ついさっきまで手の内を見せないようにと身構えていたのに・・・・・・。
魔物はたくさん見てきて慣れていたつもりだったが、妖怪は違ったらしい。
まぁ、いきなり目の前にミイラじゃない本物が現れたんだし、仕方ないよな。若干ミイラ入ってるけど。
結界のすぐ外に居る河童をボーっと眺めていると、一心不乱に話しかけてきている巫女の肩に河童が手を置いた。
「巫女様。どうやら人語を解する式神様のようですじゃ。契約の呪言は必要ないかと。」
「そ、そうなのですか?」
巫女の問いに頷いて答える河童。
巫女の声は見た目以上に幼い。少女と言って良いだろう。
巫女はきゅっと口を結び、再びこちらへ向き直った。
「あ、あの、式神さま・・・・・・!」
バレてしまっている以上、だんまりを決め込んでも仕方がないか。
「えーと、何でしょう?」
「人の世を取り戻すため、どうか私どもに力をお貸しください。」
巫女は膝と額を床につけ、いわゆる土下座の姿勢をとった。
「ぇ・・・・・・どういうこと?」
俺はまた、とんでもないことに巻き込まれてしまったのかもしれない。
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