七話「テロリズム」

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七話「テロリズム」

 答えは出ないまま時間は過ぎていき、ついに作戦決行日となった。  答えは出なくとも、この日本を正常な状態に戻してしまえば、ユカリが無茶なことをする必要はない。  その想いで、修験者たちも時間が許す限りしっかりと鍛え上げた。  修練場には選りすぐりの修験者たちがズラリと並んでいる。今回の作戦に参加する者たちだ。集落の戦力の殆どがここに集まっていると言って良いだろう。  空気に混じったピリピリとした殺気が、肌を刺すように感じられる。  作戦というのは、内容を聞けば至極単純なものだった。  とある場所に敵の首魁が現れるので、転送術を使って奇襲をかけ、俺と腕の立つ数人で敵首魁へ突撃し、他は護衛たちの足止めをするというものだ。  転送術の仕込みは長い時間をかけて工作員たちが命がけで行ったものらしい。  作戦と呼んでいいのか分からないほど陳腐なものだが、言い換えればそんな作戦しか取れないほど追い詰められているという証でもあるだろう。  ちなみにそれ以上の詳細は聞かされていない。  標的の姿を知っているのは俺以外の突撃班と河神さんだけだ。  俺は突撃班のリーダーが指定した妖怪を倒せば良いらしい。  どうにも腑に落ちないが、元々呼び出した式神にはそうしてもらう手筈だった、ということだ。 「皆、今までよく耐え凌いでくれた! 今回の作戦によって、我々人類は大きな一歩を進めることになる!」  リーダー格の演説に「うおお!」と修験者たちが雄たけびを上げ、空気が大地が奮える。  一歩、ね。まだまだ先は長いのかもしれないな。 「時間じゃ、転送術を発動させるぞい!」  河神が合図を出すと、隣に居るユカリが修練場の地面に大きく描かれた転送陣を発動させた。 「お気を付けて行ってきてください、式神様。」 「うん、行ってくるよ。」  ユカリの言葉に応え、俺も転送陣の上に足を乗せる。  すると周囲の視界が歪みだし、徐々に別の景色に変わっていく。 「式神様、行きます!」  突撃班の先鋒の後背につき、転送陣から飛び出すと、意外な景色が目に飛び込んできた。  どうやらどこかの野外会場らしい。舞台には赤いカーペットが敷かれて厳かな式典のような雰囲気で、その周囲には人が大勢集まっている。中には角が生えたり羽が生えたり尻尾が生えてたりする者もいるようだ。  舞台上には「人妖友好200周年」と書かれた大きな垂れ幕。 「は? 友好・・・・・・? どういうこと?」 「式神様、遅れてますよ!」  班員の一人に急かされ、状況を確かめる間もなく慌てて止めていた足を動かす。  他の修験者たちは周囲に攻撃を行ったり、警備員と思わしき相手と対峙したりしている。  悲鳴と血飛沫が飛び交い、平和そうに見えた式典は一気に地獄絵図へと変貌した。  これじゃあ、まるで俺たちが―― 「分生派のテロリストどもだ! あの御方をお守りしろ!」  ですよねー!!  混迷の状況の中、中央の舞台まで一気に駆け上がる。 「見つけた! ヤツが首魁です! 式神様、攻撃いきます!」  護衛で姿が確認できないが、その声が示す方に触手を向け、突撃班との同時攻撃を―― 「え・・・・・・っ!?」  寸でのところで逸らし、他の仲間の攻撃も咄嗟に弾いた。 「な、何をするんですか、式神様!?」 「何って・・・・・・子供だよ!?」  そう、攻撃が向いた先には、十歳にも届いてそうにない日本人形のような黒いおかっぱ頭に赤い着物を着た少女が立っていたのだ。 「そうです! そいつが首魁の――ぐあっ!」 「くっ、護衛のやつらが!!」  集まってきた護衛に、少女の姿は埋もれていく。 「こいつらを突破するぞ!」  乱戦が始まり、状況に流されるまま相手を無力化していく。  パンッ、と小さな銃を空に向かって少女が撃ったのが見えた。 「このままでは足止めしている者たちも全員やられてしまいます!」  いくら精鋭とはいえ多勢に無勢。徐々に包囲されていく。 「式神様、あなたならどうにか出来ますよね!?」  確かに俺にとっては造作もないことだが・・・・・・状況が分からなさすぎる。 「式神様!!」  とにかくこの場を切り抜けるしかないか。  再び触手を構え直した瞬間。チクッと首筋に小さな痛みが走った。 「痛っ! あ・・・・・・れ・・・・・・?」  次の瞬間、体から急速に力が抜けていくのを感じ――すぐに立つこともままならなくなってしまった。 「どうじゃ、わっちの射撃も大したものじゃろ? わっちの命運が尽きるのはまだまだ先そうじゃな!」 「何を仰ってるんですかっ! またみだりに能力をお使いになって・・・・・・!」 「かかか、許せ。じゃが、わっちのお陰で一番厄介そうなのは無力化できたじゃろ? その式神とやらは丁重に扱うのじゃぞ。」  そんな声が朦朧とする頭の中に聞こえてきた。  突撃チームは護衛に行く手を阻まれ、続々と集結してくる相手に逃げ道も塞がれていく。 「くそっ! 失敗だ! やはり河神様の懸念通りだったか・・・・・・止むを得ん、撤退する!」 「し、しかし式神様が!」 「放っておけ! 元はといえばヤツの所為で失敗したのだ! 皆の者、ただちに帰還術を使え!」  沈みゆく意識にガンガンと声が響いてくる。  あぁ、うるさい。ゆっくりねむれないじゃないか。  共に転送されてきた修験者たちが、胸元から札を取り出して起動させ、次々に姿を消していく。  その光景を閉じていく瞼の向こうに眺めながら、俺の意識は暗い底へと落ちていった。
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