八話「異世界へ帰る」

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八話「異世界へ帰る」

 深く沈んだ重い意識が、瞼の向こうの光を目指すように徐々に浮き上がって来る。  眩しい光を避けようと身を捩ろうとするが、体は思うように動いてくれず、その煩わしさが意識の覚醒を加速させていく。 「ん・・・・・・?」  瞼をうっすらと開き、寝返りを打とうとすると、何かに遮られたように体が動かなかった。 「あれ・・・・・・?」  今度は起き上がろうともがくが、体を動かすことができない。 「な、何これ!?」  ようやく完全に目を覚まし、自分の状況を理解した。  どうやら俺は、拘束具で身動き出来ないようにされているようだ。  映画とかで凶悪犯なんかが拘束されているアレである。  妙な感動を覚えつつも、体を捩らせて脱出を図ってみる。  ただ体を動かしただけでは外れそうにないが、魔力を使えば何とかなるか・・・・・・? 「やっと目を覚ましたようじゃの。」  逃げ出す算段を思案していると、どこからか声を掛けられた。  首だけを何とか動かして声のする方向へ視線を向けると、どこかで見た赤い着物の少女がこちらを見据えていた。 「君は、確か・・・・・・。」 「そうじゃ、よく助けてくれたのぅ、わっちのひーろー殿。」  クスクスとからかうように少女が笑った。  徐々に自分の記憶が脳裏に蘇ってくる。  目の前にいる少女は、敵の首魁として狙われていた相手だ。  咄嗟の判断で彼女を助けたのだが・・・・・・彼女の口ぶりから察するに、確かに普通の少女ではないようだ。  その後、俺は麻酔銃で撃たれ、仲間に見捨てられ、そのまま捕まってしまったらしい。・・・・・・テロリストの仲間として。 「さて、それじゃあ拘束を解くからの。暴れんでおくれよ?」 「だ、ダメですよ幸与さま!?」 「何を言うとるんじゃ。この者相手にこんな拘束具は役に立たんわ。そうじゃろう?」 「えぇ、まぁ・・・・・・。」  少女に同意を求められ、思わず頷いた。  別に嘘ではなく、実際手段を選ばなければ脱出することは可能だろう。 「ほれ見てみぃ。というわけでさっさと拘束を解くんじゃ。これは命令ぞ?」 「はぁ・・・・・・分かりました。また能力を使われてはたまりませんからね。」  秘書は皮肉っぽく言うと、控えていた護衛に指示を出した。  護衛は二人がかりで拘束具を外していく。  しばらくすると完全に拘束が解かれ、俺は自由に動けるようになった。 「どうもありがとうございます。えっと――」 「わっちは家守 幸与(いえもり さちよ)じゃ。座敷童でこの国の首相をやっておる。」 「ざ、座敷童!? え、首相って・・・・・・えぇ!?」 「カカカッ! そんなことで驚かれたのは百年以上ぶりじゃのう、紅葉?」 「知りませんっ。」  名前を呼ばれた秘書はぷいとそっぽを向いた。 「なんじゃ、つれないのう。さて、お主の名を聞いても良いかの?」 「私は・・・・・・アリューシャです。」 「ハイカラな名前じゃのう。やはり・・・・・・お主は他の式神とは随分毛色が違うようじゃ。お主は一体何者なんじゃ?」  飄々としていた幸与の声色が真剣なものへと変わる。 「信じてもらえるかは分かりませんが・・・・・・。私は式神召喚という儀式で呼び出された異世界の人間で、式神ではありません。」 「ほう、異世界とな。俄かには信じられんのう。じゃがまぁ納得は出来る。わっちの主さまも、その手の絵物語が好きじゃったしのう! で、召喚されたのはいつ頃のことじゃ?」 「約一ヶ月前くらいです。」 「あー、ひと月前か、なるほどのう・・・・・・。」 「それが何か?」 「ああ、いや・・・・・・ゲフン、何でもないわい。それで何故やつらの言いなり・・・・・・とは違うかったの、何故やつらと共に襲ってきたのじゃ?」 「妖怪に支配された日本を取り戻したい、というようなことを言われたので・・・・・・。」 「まぁっ、なんと失礼な!」  秘書の紅葉は憤慨するが、幸与は笑い飛ばした。 「カカカッ、確かにそうじゃのう! 分生派の者にとったら、わっちは目の上の特大たんこぶじゃろうて!」 「もうっ、何がそんなにおかしいんですかっ!」 「すまんすまん、紅葉よ。して、ものは相談なんじゃが・・・・・・わっちのぼでーがーどをやってみる気はありゃせんかの、アリューシャさまや?」 「え、ボディーガードって・・・・・・言ってはなんですが、私はテロリスト側だったんですよ?」 「問題ありゃせんよ。一般にはわっちを守るために飛び出してきた、勇気ある市民ということにしておる。誰も殺してはおらんしの。まぁ、護衛どもがうるさいから拘束はさせてもらったがの。」 「当たり前ですっ!」  俺としてはありがたい話かもしれない。  このまま放り出されるより、彼女の側にいる方が元の世界へ帰る算段も見つけやすいだろう。  ・・・・・・いや、”元の世界”はこっち世界のことになるか? とにかく、俺は”異世界”の方へ帰りたいんだ。 「ちなみに、断ったらどうなります?」 「国籍を与えて普通に暮らせるようには手配してやるぞい。児童施設に入れてそこから学校が良いってところかの。」 「ええっ、学校!?」 「なんじゃ、嫌なのか?」 「いや、まぁ・・・・・・。」  そう何度も学校に通うなんて願い下げだ。 「けど、どうしてそこまで良くしてくれるんですか?」 「あー、いや・・・・・・ま、隠しても仕方ないかの。お主が召喚されてしまったのは、多分わっちの所為でもある。」 「な、何ですって!?」  と、声を上げたのは秘書の紅葉だ。 「ちょうどその頃に件(くだん)の予言が出たのじゃ。近い未来、凶悪な妖が生まれ災厄を振りまくとな。それに対抗する術をわっちが”願った”のじゃ。」 「ではどうして私はテロリストの方に召喚されたんですか?」 「てろりすとのところに呼ばれてしまったのは、少々わっちの力が足りんかったからのようじゃの。それをやつらの召喚の儀で補った形になるの。まぁ、これだけ強大な妖力なら納得じゃ!」 「そ、その証拠はあるのですか、幸与さま!?」  また紅葉が声を上げる。 「だって、わっちの力の残滓を感じるからのう。ま、だからお主が問題無いと分かっておったのじゃが、カカカッ!」  高らかに笑い飛ばす幸与とは対照的に、紅葉はガクッと膝をついた。  その姿勢のまま、紅葉がギギギと顔だけこちらへ向ける。 「あの、アリューシャさん・・・・・・。今回の補償の件につきましては、後ほど話し合いの場を設けさせていただきます・・・・・・。」 「あ、はい・・・・・・。」  ・・・・・・苦労してそうだな、この人。
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