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1話「おもてなし」
ガンガン、ゴンゴン。
何かを叩く音と衝撃が身体を揺らす。
ガリガリ、ゴリゴリ。
何かを引っ掻く振動が鼓膜を震わせる。
「ん・・・・・・何・・・・・・? く、苦し・・・・・・・。」
身体を圧迫する何かを両手で押しのけるようにして埋もれていた顔を覗かせる。
「おわっ!! な、何!?」
視界に飛び込んできたのは大きく口を開いて牙を剥き出しにした醜く歪んだ緑色の顔。
涎を撒き散らし尖った鼻を運転席の窓に擦りつけながら何かを叫び、車体を叩いたり引っ掻いたりしている。
「ゴブリンか・・・・・・?」
爽やかな目覚めを与えてくれたのはコイツららしい。
複数で車体を囲み、何とか壊して中の俺を食おうとでもしていたのだろう。
だがコックピット周りはガラスも含めて俺が作った部品で覆われており、ゴブリン如きにそう易々と壊されるような代物ではない。まぁ、それ以外の場所は普通の強度だが。
「木に突っ込んじまったみたいだな。」
フロントガラスに目一杯映った木の幹を見て呟いた。
普通の強度を誇るフロント部分はぺっちゃんこになり、追突した衝撃でエアバッグが作動したようだ。
俺はそのショックで気を失ってしまったらしい。周囲のゴブリンたちもその時の音で集まって来てしまったのだろう。
「しかし身動きが取れないな・・・・・・。普通エアバッグって開いた後は閉じるもんじゃないのか?」
ポケットに忍ばせている土団子をナイフに変え、エアバッグを裂いていく。
するとエアバッグの裏側に何やら紋様が描かれていた。
「なるほど・・・・・・治癒の魔法陣か。」
エアバッグが開いている間は治癒し続けてくれるもののようだ。
身体に怪我や異常が無いのもこれのお陰かもしれない。
「・・・・・・って、さっきからうるせー!」
この間も外のゴブリンたちは騒がしく、車体を太鼓代わりに歓迎してくれている。
さっさと黙らせたいところだが、まだやる事がある。
「とりあえずアイツらに連絡取らないと・・・・・・。」
胸元のチェーンを手繰り寄せ、紅く丸い水晶を取り出した。
冒険者ギルドのギルド証を兼ねた魔女専用の魔道具で、色々な機能が備わっている。
「”ゲームメニュー”」
そう唱えると、どこかで見たことのあるようなユーザーインターフェースが眼前に展開された。
その中からフレンドチャットの機能を選択し――
「ちょっと待て・・・・・・圏外!?」
つまり、連絡が取れない。
魔力がある程度空気中に存在すれば通信は可能なはず。
この場所はそれなりに魔力が濃いので、その点は問題無い。とすると――
「もしかして・・・・・・壊れた?」
思わず溜め息が漏れる。
ドクからのメッセージがあるようだが、文字化けしていて読めず、添付された魔法陣らしい画像データも破損してしまっている。
連絡が付かないとなると、迎えに来てもらうのは難しいだろう。
魔物が周りに集まってきていることから、”塔”の結界からは出てしまっているようだ。
”塔”の結界は不可視の結界も兼ねているため、誘導も無しに外から見つけ出すのは困難だ。
しかも周囲は深い森。遭難する可能性を考えたら闇雲に探し回るより、”塔”から一番近いレンシアの街を目指すのが良いかもしれない。
あの街なら魔女も何人か住んでいるので、彼女らにコンタクトを取れば連絡を付けられる。
もしかしたら近くに”塔”があるかもしれないが、それなら俺が気絶している間に回収されていただろう。
こんなお祭り状態なわけだし。
「さて、他の機能はどうなってる?」
Wiki、バザー、地図。
通信を使用する機能は悉く圏外で使用不可。
「良かった・・・・・・インベントリは使える。ひとまずは安心だな。」
亜空間に荷物を収納できるインベントリ機能はローカルで使用できるため無事だったようだ。
食料や野営道具が詰まったインベントリがダメになっていたら非常に厳しい事態になっていただろう。
「とにかく、街を目指すしかないか・・・・・・その前に。」
周囲の気配を探ると、かなりの数の魔物に囲まれている。
こいつらを倒さないと探索もまともに出来なさそうだ。
「散々”おもてなし”してくれたし、お返しさせてもらおうか。」
内側から車体に触れて魔力を流し込み、車体を一気に変形させる。
「ギャァッ!?」
車体からハリネズミのように飛び出した棘に穿たれ、断末魔を上げる間もなく絶命するゴブリン。
今ので車体に張り付いていた三体を倒すことが出来た。
その様子に怯んだ魔物たちの隙を突き、更に車体を変形させ穴を作って車中から飛び出す。
「それっ!」
「グェッ!」
近くにいた個体を触手で突き刺し、その死体を踏み越えて後ろで慌てていたゴブリンに触れ、魔力を圧縮させた魔撃をゴブリンの体内に撃ち込んだ。
手を放して魔撃を解放すると、圧縮されていた魔力が解き放たれ、ゴブリンの身体を巻き込みながら爆散した。
地面に着地し、ついでに地面から土の剣を作り上げて引き抜く。
「次!」
引き抜いた剣でそのまま別のゴブリンを貫く。
「って、抜けない!?」
考える間もなく剣を手放し、絶命したゴブリンを蹴り倒す。
相手に使われても面倒なので剣を分解しておくのも忘れない。
更に奥にいたゴブリンを触手パンチで殴り倒し、そいつの顔面を踏み越えて包囲網を抜けた。
振り返って対峙すると雁首揃えて呆けていたゴブリンたちの表情が徐々に我を取り戻し始める。
「しかし随分デカいな、コイツら・・・・・・。」
俺の知っているゴブリンと言えば平均的な成人男性より頭一つか二つ分小さいのだが、目の前のゴブリンたちはその成人男性サイズを上回っている。
その分、身体もがっしりとしているため、先ほど刺した剣が抜けなかったのもそのせいだろう。
「この辺りの魔力が濃いからか・・・・・・? まぁ理屈はどうあれ、片付けるしかなさそうだけど。」
ざっと見た感じ、ゴブリンたちの持つ武器は原始的だ。棍棒代わりの太い木の枝や、尖った木の枝を槍代わりに構えている。
おそらくこの辺りまでは冒険者が来ないため、彼らの武器を奪ったりする機会が無いのだろう。
とはいえ、当たれば危険なのは違いない。油断はできない。
地面に倒れ伏していたゴブリンが起き上がり、靴跡を付けたままの顔で怒りのままに喚き散らす。
他のゴブリンたちもそれに触発されるように喚き始め、ついにはこちらへ向かって殺到し始めた。
トンと地面を蹴って後ろへ跳躍して距離を離すと、丁度良い具合に隊列が間延びする。
「もう遅いよ!」
溜め込んでいた魔力を水に変換し、ゴブリンたちに向かって一気に放つ。
生まれた水流はゴブリンたちの腰辺りまで飲み込み、奴らの動きを止めた。
そして更に水流に魔力を与え、変化させる。
「凍れ!」
俺の言葉と同時に、荒れ狂っていた濁流がピタリと止まった。
ピシピシと氷が軋む音が響き、ひんやりとした空気が頬を撫でる。
身動きが取れなくなったゴブリンたちが暴れ藻掻くが、簡単には抜け出せない。
「こうなっちゃえばデカかろうが小さかろうが関係ないよね。」
騒ぐゴブリンを触手で一体ずつ仕留めていき、やがて辺りは静寂に・・・・・・満ちなかった。
「ん・・・・・・戦闘音?」
気配を探ってみると、ここから少し離れた場所にも魔物が群がっているようだ。
魔力の感じから、群がっているのは今戦っていたゴブリンの仲間であろうことは読み取れる。
「集まってきたゴブリンが他の魔物の縄張りに入ったって感じか・・・・・・? 一応確認はしておくか。ゴブリンも倒しておかないと後々面倒になりそうだし。」
死体処理は後回しにして、木の枝から枝へ飛び移るように戦闘音のする方へ近づいていく。
「・・・・・・見えた!」
そこには、ゴブリンに追い詰められる青髪の少女の姿があった。
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