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4話「むかしばなし」
朝食を終え、クアナの案内で集落へ向かう事になった。
彼女の後ろについて木々の間を縫うように進んでいくと、陽が赤くなるころにようやく踏み固められた獣道へと出た。
同時に薄らと水の匂いも漂ってくる。
「もうすぐ着きますよ、御使い様。」
「や、やっとか・・・・・・結構遠いんだね。」
「も、申し訳ありません! お疲れになってしまいましたか!?」
「いや、私は大丈夫だよ。クアナは平気なの?」
「はい! これくらいは慣れっこですから!」
確かに彼女の表情に疲れの色は出ていない。というより今にも走り出しそうなほど元気だ。
出発してから歩くペースも衰えておらず、かなりの健脚のようである。
「それにしても、昨日あれだけ居た魔物が全然見当たらないね。」
「つい先日に一帯の魔物を追い払いましたから。でも、どうしてあんなところに集まってたんでしょう・・・・・・?」
「な、何でだろうね・・・・・・?」
俺が事故った所為だとは言えないな・・・・・・。
「原因はともかく、戻ったら巫女様にも伝えておかないと。」
「巫女様・・・・・・?」
「スイコ様といって、私の師であり、私を育てて下さった当代の巫女様です!」
少し誇らしげに答えるクアナ。
彼女が親代わりの師を思う気持ちが伝わってくるようだ。
「なるほど、それで見習いってわけね。」
「うぅ・・・・・・お恥ずかしい限りです。」
「そんなことはないよ。クアナの魔法凄かったし。」
「いえ、巫女様に比べたらまだまだです・・・・・・。」
あれでまだまだって、巫女様とやらはどれほど凄いんだろうか。
クアナほどの実力者でも、そうそう見つけられないだろうに。
消費魔力に対しての威力は火の民の末裔であるフラムや、水の民の末裔であるリヴィと同等・・・・・・いや、クアナが万全の状態なら彼女らを超える可能性もある。
それで未熟と言われれば世の魔法を生業とする者たちの立つ瀬がないな。
「あっ、見えてきました!」
クアナが指した方に目を向けると、木々の間から木造の壁が見えてきた。
あまり頑丈ではなさそうだが、最低限の仕事はしてくれそうな代物だ。
道は壁の途切れた場所まで続いており、その両脇には見張りが一人ずつ立っている。あそこが入口か。
クアナに案内されるまま集落の入口へ向かうと、手前で見張りたちに止められる。
「待て、巫女見習いのクアナ! そっちの子供は何者だ!」
「この方は光の使者さまです! 無礼は許しませんよ!」
「この子供が光の使者・・・・・・?」
怪訝な表情を浮かべ、値踏みするようにこちらを睨んでくる見張りたち。
クアナも負けじと睨み返している。
しかし仕事とはいえ子供にこんな態度をとるか、普通?
敵対的・・・・・・というよりは何か異物を目の当たりにしているような感じだ。
どう収拾をつけようかと頭を捻っていると、奥から優し気な声が掛けられた。
「お止めなさい。」
その声に睨み合っていたクアナと見張りたちがビクリと反応し、思わず背筋を伸ばした。
「「「み、巫女様!?」」」
彼女がクアナの言っていたスイコ様だろうか。
薄い水色の髪を後ろでまとめて少しおっとりとした目をした老女で、クアナと同じ白い布地に青いラインで紋様を入れた装束を纏っている。
「この御方が御使い様であることは私が保証致します。通って頂いて構いませんね?」
静かな言葉ながらも有無を言わせぬ圧力に、黙って頷く見張りたち。
クアナもポカンと口を開けて成り行きを見守っている。
「失礼を致しました、御使い様。お疲れでしょうから、まずは我が家でお寛ぎ下さい。」
巫女様に促され、門をくぐって彼女の後についていく。
「呆けていると置いて行きますよ、クアナ。」
「は、はい! すみません、巫女様!」
「それから貴方たち。長様に光の使者様が来られたことを伝えて下さい。」
「はっ、すぐに!」
見張りの一人が集落の奥へ駆け足で向かっていく。
「お待たせして申し訳御座いません、御使い様。それではご案内致します。」
巫女様に連れられ集落内を歩いていると、周りの人たちからチラチラと視線を向けられる。
見張りたちと同じ様に異物を見るような視線であったが、周囲の様子を伺ううちにすぐに合点がいった。
この集落には二種類の人間しかいない。
クアナや巫女様と同じ、水色の髪を持つ者たち。
そして、青白い肌に真っ白な髪を持つ者・・・・・・あれは闇の民たちか。
そんな中に金髪の俺が混ざれば目立ってしまうのも無理はない。
闇の民があの洞窟以外に居たのは驚きだが、どうも彼らの扱いはあまり良いものではないらしい。
重い荷運びなどの重労働に従事させられ、身に纏ったボロ布からは鞭で打たれたような跡も見える。
彼らとは見知らぬ間柄ではないし何とかしてやりたいが、右も左も分からない今の状態では何も出来ないだろう。
とにかく自分の状況がどうなっているかを確認するのが最優先だ。
「こちらです、御使い様。」
案内されたのは周囲の家よりも大きな建物だった。
造りもしっかりとして綺麗に手入れされているようだが、装飾は無く豪華と呼べるようなものではない。
居間へ通され席に着くと、巫女様が深々と頭を下げる。
「申し遅れました御使い様。私は水の民の巫女、スイコと申します。」
やはりクアナの言っていたスイコさんだったようだ。
だがちょっと待て・・・・・・”水の民”の巫女、だって?
水の民なんてもう既に存在しないはず・・・・・・いや、でも滅んだはずの”闇の民”だって見つかったわけだし・・・・・・。
だが闇の民とは事情が違う。
水の民、火の民、土の民、風の民は光の使者によって約束の地へと導かれ、光の民となった。
要は四つの種族の血が混じり合い、現在の人間(光の民)になったというのが授業で習った昔話である。
いや、でも全ての人がそれを望んていたかは分からないか。
袂を分かって”水の民”として生きることを選んだ人たちも居たのかもしれない。
でもそれなら今更”光の使者”に何の用がある?
物思いに耽っていると、スイコさんがお茶を淹れ始める。
「このようなものしか御座いませんが・・・・・・。」
木を削って作られた杯にお茶が注がれた。
口をつけると舌の上にすっきりとした苦味が広がり、わずかな甘い花の香りが鼻孔をくすぐる。
一息ついてスイコさんの方へ目を向けると、黙したまま俺が落ち着くのを待ってくれていたようだ。
まずは自分の状況を把握しよう。考えるのはそれからだ。
「あの、私が事故で森に来て迷っていたところをクアナに連れて来てもらったのですが・・・・・・ここはどういった場所なんですか?」
俺の問いにスイコさんがゆっくりと答える。
「ここは水の民の最後の場所です。」
「最後、というのは?」
「魔物たちの勢力に圧され、ここまで追い詰められてしまいました。ここを滅ぼされてしまえば、水の民はもう・・・・・・。」
そう言ってスイコさんは口を噤んでしまった。
「でも、この辺りの魔物は追い払ったと聞きましたが。」
「一時的なことです。けれど、私やクアナがいつまでも戦えるとは限りませんから。」
全員が全員クアナのような力を持っているわけではないらしい。
まぁそれなら「滅ぼされる」なんて物騒な話にはなっていないだろう。
「では、貴方たちは・・・・・・”光の使者”に何を望んでいるんですか?」
「神言によれば、水の民、風の民、土の民、火の民を統べ、約束の地へ導いて下さる、と。」
「ちょっと待ってください、貴方たちだけではなく他にも”居る”んですか? 火の民とかが?」
「はい、私たちだけでなく、彼らの巫女も同じ神言を授かっているでしょう。」
おいおい・・・・・・そんなのまるで”昔話”をなぞっているみたいじゃないか。
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