5話「過去進行形」

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5話「過去進行形」

 光の民へと至り、居なくなったはずの四種族。  しかし水の民の巫女と名乗るスイコさんによると、未だそれらの種族は存在し”光の使者”を待っているという。  もたげてきた一つの可能性を振り払うようにスイコさんへの質問を続ける。 「スイコさん、現在”約束の地”はどうなっているか分かりますか?」 「はい。”約束の地”には今もなお邪竜が留まり、彼の者が吐き出す魔力は広がり続けています。」  邪竜!?  何だよそれ、聞いたこともない話だぞ! 「どうされましたか、御使い様?」  黙りこくってしまった俺を心配するようにスイコさんが窺ってくる。 「い、いえ、こちらに来て殆ど情報が無いので、その邪竜について詳しく教えてもらえますか?」 「分かりました。とは言え、私も伝え聞いたことしかお話しできませんが――」  そう前置きし、スイコさんが語り始めた。  霊峰オストーラ。  ”約束の地”の中心に聳え立つ巨大な山である。  かつてはその麓に四種族が暮らしていた。それぞれの文明は混じることが無いながらも栄え、人々は豊かな生活を日々享受していた。  しかしある時、オストーラ山に一体の邪竜が降り立つ。  邪竜が羽ばたきで巻き起こす魔力嵐により命を失っていく人々。邪竜に挑みかかり、倒れていく強者たち。  難を逃れ散り散りになった人々は、身を寄せ合って邪竜の目が届かぬ場所まで避難した。  しかし邪竜から漏れ出る魔力は徐々に大地を浸食し、途方もない年月をかけてその領域を広げていった。  魔力によって増強された魔物たちの勢力が人々を脅かし、また逃げてを繰り返す。  そして今日に至るのだという。 「マジかぁー・・・・・・。」  霊峰オストーラという場所は聞いたことがある。  確かオストーラ教国の神殿がある場所がそんな名前だったはずだ。  じゃあ、その神殿は今どうなってるんだ・・・・・・? 「長い話でお疲れになってしまいましたか?」 「大丈夫です。ところで・・・・・・オストーラ山にあった神殿はどうなったか聞いていませんか?」 「神殿・・・・・・で御座いますか? 申し訳ありません。そのような話は聞き及んでおりません。しかし、今もなお”約束の地”に留まる邪竜の気配は衰えてはいません。」 「分かるんですか?」 「はい。姿を見たことはありませんが、その存在はハッキリと感じ取ることが出来ます。」 「それはクアナも分かるの?」 「はい、分かりますよ!」 「巫女足る力を持っている者であれば皆感じ取れるでしょう。」  俺には感じ取れないな。俺の持っている能力とはまた別のものが必要らしい。  ある程度の情報は把握出来たが、まだ肝心の場所が分かっていない。  ”塔”の周辺とはかなり地形が違うし、冒険者ギルドがある街の場所でも分かれば良いのだが。 「そうだ、この辺りの地図とかありませんか? ここが大陸のどこかも分かっていないんです。」 「地図・・・・・・ですか。かつて邪竜から逃れる際に持ち出したと言われるものならあるのですが・・・・・・。」  古地図ってやつか・・・・・・。  それでも何も無いよりはマシかと思い、スイコさんに頼んで見せてもらうことにした。 「こちらになります。」  スイコさんが巻物になっていた地図を机の上に広げる。 「こ、これは・・・・・・っ!」  地図、と呼ぶには酷い出来のものだった。  まず大陸の形は歪だし、ど真ん中にあるオストーラ山らしき物体は縮尺など無視してかなりデカく描かれている。  そしてオストーラ山を中心としてケーキを適当に切り分けたような線が引かれ、それぞれの土地がどの種族の領土であるか記されている。  勿論、今居る場所が分かるようなものではない。  しかし―― 「な、何か問題がありましたか、御使い様?」  俺の上げた声に驚いたスイコさんが訊ねてくる。 「すみません。この地図に似たようなものを見たことがあったので少し驚きまして。」 「そうで御座いましたか。さすがは御使い様、博識であらせられますね。」  ”似たような”どころじゃない。これとそっくり同じものを見たことがある。  歴史の授業で使っていた教科書、人類の始まりは云々と書かれていた最初のページに載っていた古地図の写真と同じものだ。  この目立つところに付いた血の跡のような染み。間違いない。  実物は博物館かどこかに保管されていたはず。  それがこんなところにあるって事は・・・・・・。 「やっぱり”過去”ってことかよ・・・・・・。」  思わず頭を抱えてしまう。 「御使い様!? 身体のお加減が?」 「ああ、いや・・・・・・何でもありません。ただちょっと・・・・・・認めたくなかった現実を認めさせられただけです・・・・・・。」  ここは”過去の世界”。おそらくこれで確定だろう。  それらしいヒントはこれまでいくつかあったが、なるべく目を逸らすようにしていた。  いやだって、どうしろって言うんだこの状況・・・・・・。  帰ろうにも時間航行機は壊れて使い物にならないし、修理しようにも肝心の魔法陣は滅茶苦茶。  ドクが組み上げた魔法陣を再構築出来るような腕は流石に無い。  不老であること考えれば、ただ待っているだけでもいずれ元の時代には辿り着く。  でも一体何年待てば良い? 十年や二十年の話ではないのだ。体は大丈夫でも、心は保つのか。問題が多い。  それに、ドクの実験を”過去の自分”が止めに来なかった以上、その線は考えない方が良いだろう。  過去に骨を埋める?  何も無かったのなら、それでも良かったのかもしれない。  けれど、帰りたい理由は既に心の中に在る。  帰らないという選択肢はありえないのだ。  つまり、何としてでも時を越える方法を見つけ出す必要がある。  ・・・・・・とは言っても、その方法が見当すらつかないのが現状だ。 「巫女殿は居られるか!」  考えに耽っていると、家の外から男の声が聞こえてきた。  その声に反応してスイコさんがよっこらしょと立ち上がる。 「長様が来られたようです。」  そう言えば、この集落へ入る時に見張りに呼びに行かせてたな。 「ですが・・・・・・御使い様のご気分が優れないようですし、ご挨拶は後日に改めてということで・・・・・・。」 「いえ、大丈夫ですよ。体調も問題ありませんし、せっかく来てもらったんですから、すぐに会いましょう。」 「ではそのように。」  そう言ってスイコさんは玄関へと向かっていった。  見張りでさえ俺を疑っている様子だったし、悪印象を与えることは避けた方が良さそうだ。  どこで元の時代に帰る手掛かりが得られるか分からないしな。  とりあえずは水の民と友好関係を築けるように頑張ろうか・・・・・・未来へ近づくために。
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