1度目の体験

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1度目の体験

翌日、小学校が終わったユタカ君は、友達とのおしゃべりもそこそこに、一目散に秘密基地に向かいました。 もちろん、ランドセルにはおじいさんからもらったあの玉があります。 秘密基地に着くと、玉を取り出して切り株に座りました。 玉を取り出して強く握りました。 どの動物になるかは決まっていました。 「マルになりたい!」 すると玉を握りしめていた手のひらから光がほとばしり、そのまぶしさにユタカ君は目をギュっとつむりました。 少ししてそっと目を開けると、そこは秘密基地ではなく、見知らぬ家の中でした。 ―あれ?僕ん家じゃない。 マルになったのであれば、場所はユタカ君の家かと思っていたので、少し驚きました。 自分を確認しようと視線を落とすと、茶色い毛に覆われた足が見えました。 ―本当にマルになってるのかも! 自分の姿を見ようとあたりを見渡すと、部屋の角に姿鏡を見つけました。 自分を映すと、姿鏡には柴犬がいました。 ですがマルよりは小さく、別の柴犬のようでした。 ―マルにはなれなかったけど、マルと同じ柴犬になってる!  すごい。おじいさんの言っていたことは本当だったんだ! 嬉しくなって鏡の前でクルクル回っているとドアが開いて子ども達が部屋に入ってきました。 「おはよう、チビ。」 子ども達はユタカ君をひと撫でしていきます。 ユタカ君はそれだけで嬉しくなって尻尾をブンブンと振ってしまいます。 もっとかまってほしくて、子ども達を見つめますが、朝の支度をしてそのまま学校へ行ってしまいました。 ユタカ君は、遠ざかっていく子ども達の背中を窓から見つめていました。 その内に、この家のお父さんもお母さんも仕事に出かけてしまい、ユタカ君一匹になってしまいました。 ポツンと家に一匹になってユタカ君はしょんぼりしました。 ―このまま家族が帰ってくるまで、ずっと僕は一人なんだ。  つまんないな。 先ほどまでプリっと上がっていた尻尾も今はすとんと下がってしまっています。 家族が帰ってきたらすぐにわかるように、玄関先が見える窓を見つめていましたが、だんだん寂しくなり、寂しさを紛らわすようにそこで眠ってしまいました。 コンコンコン。 ガラスをたたく音にユタカ君は目を覚ますと、窓の外に若そうな野良猫が座っていました。 口には白いトレーをくわえています。 スーパーの食品売り場でよく見かける白いトレーでした。 ―犬君、見てみて。  今日は大好物の魚を見つけたの。  こんなご馳走、久しぶり!良いでしょう。 得意気に猫がトレーをプラプラとふりました。 ―?  猫ちゃん、それは食べ物じゃないよ。  プラスチックでできてるから食べられないよ。 ―自分が食べられないからって、嘘言わないで。  こんなに魚の良いにおいがするのに食べられないわけないじゃない。 自慢に水を差された猫が怒りながら、白いトレー向かって大きく口を開けて食べようとしたので、ユタカ君は慌てて止めました。 ―だめだって!食べたらだめだよ!体に良くないよ。  そこに魚が入れられてたから魚のにおいがするだけなんだ。  プラスチックは食べ物じゃないんだ! 真剣な表情で止める犬を見て猫は食べるのをやめて、もう一度トレーの臭いをかぎました。 そして少しかじって吐き出しました。 ―こんなにおいしそうな魚の臭いさせて、嚙みちぎれるくらいやわらかいのに、食べたらだめだなんてわからないよ。 プラスチックなんて言われても、私はそんなの知らないもん。 突然、ピカッと視界が光に包まれたので、ユタカ君は眩しくて目を閉じました。 少ししてそっと目を開くと、そこは元の秘密基地でした。 「本当に、犬になったみたい。」 ユタカ君は今あった出来事に茫然としました。 「でも、何だかすっきりしないなぁ。」 犬になってみてわかった寂しさや退屈さ、野良猫とのやりとりで、ユタカ君の心にはモヤモヤが残りました。 ふと空を見ると夕暮れになっていました。 おじいさんからもらった玉は大切にランドセルにしまい、あちらこちらに落ちているこれまでここで食べたお菓子の包み紙を拾ってから帰りました。 帰宅して一番に、ユタカ君はマルの元に向かいました。 近づいてくるユタカ君に、マルは尻尾を振りながら嬉しそうにクルクル回りました。 「ごめんな、マル。これからはもっと一緒に遊ぼうね。」 マルをギュっと抱きしめました。
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