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3.
渚は語りだした。ぞれは十二歳になった少女が、誕生日に母親をナイフでメッタ刺しにして殺害した、という速報についてだった。逆上した娘によって、母の義体は四肢が引きちぎられ、頭部ユニットは修復不可能なまでに破壊されたらしい(この子の母親は実体のある、旧型のロボットタイプだった)。
幸い母親の脳のベースイメージは、『対話』直前の状態でバックアップが残っていた為、簡単に修復できるとの事だった。ただ娘は犯行後、母親との面談を頑なに拒んでいるという。
渚は深い溜め息をついた。感極まり、震える声で母に向かって訴えた。
「とてもショックだった。どうしてこんな事が起きるのかわからない。僕には、大事な母さんを傷つけること自体が信じられないんだ!」
母は少年の言葉を優しく受け止めた。ただ彼女の回答はとても的確で冷たかった。
「『子殺し』という言葉を知っていますか? 渚さん。自分が産み落とした子を親が殺す――とても残酷な行為です。子に食事を与えず餓死させたり、虐待したりする、人の通念上、許されないとされてきた行いでした」
「子殺し……」
渚がゆっくりと意味を理解する間も、映像上の母は言葉をついだ。
「たしかに子殺しは残虐非道に思えます。ただこの行為は自然界にも存在するものです。より強い子孫を生かすために、弱い子を犠牲にしてでも、その糧を残りに与える。それは生き物に刻まれた命令なのかもしれません。下等生物にとっては、ただの共食い的な感覚なのかもしれませんけれど」
渚にはそのとき母が何を伝えたいのか、よく分からなかった。
「しかし『親殺し』は、自然界には存在しない事象です。人間だけの特性と言えましょう。力でも頭脳でも敵わない絶対的な存在の親を、知性という道具を手に入れた子供が殺してしまうという大罪が、です。
子どもたちは気づいてしまったのです。親というラベルを剥がしてしまえば、そこにあるのは自分と同じむき身の人間のひとり、だということに。
この少女の罪は許されるものではありません。相応の裁きを受けるでしょう。でも今回の事件で不幸だったのは、彼女の母親が物質的な存在だったから、だけなのです。
でも安心してください。あと数年のうちに、こうした旧式の母親は根絶されるでしょう。
渚さん。人の親が子育てから開放されるのも、もうすぐです。これから人類は、親殺しも子殺しも気にする必要はありません。
こうしてプログラムされた私たちが、あなたたちと毎日対話している以上は」
うっすらとしか意味が分からなかったのに、体の震えが止まらなかった。渚はこの映像だけの母親が浮かべた笑顔に、初めて怖気を覚えた。
渚の顔色の悪さに気づいたのだろうか。このあと母が続けた声は、これまで口にしたどの問いかけよりも、優しく温かかった。
「渚さん、大丈夫ですか?」
少年は必死に自分を取り繕った。
「か、母さんは、何でも知っていますね。いつも尊敬しています。優しくて知的で、冷静です」
「渚さん……私を母と認めて頂くことに、あらためて感動しています。私が『aiー2102 』という名の公僕のプログラムに過ぎないのに」
映像の母親は本当に感動しているようだった。人差し指で、涙をぬぐう動作をしてみせる。
「いまこうして、あらためて感じます……あなたと……本当の家族の絆を」
渚は表情を見せず、下を向いたまま答えた。
「わかってる……人工授精で産まれた僕に、毎日ずっと話しかけてくれた母さんだけが、家族だって信じてるよ」
「さて、そろそろ時間ですね。今日も学校のクラスルームにサインインしてください。授業が終わったら、あなたの好きなハンバーグを調理して、お待ちしていますから」
(きずな おわり)
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