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戦乱は苛烈を極めた。
腐敗した王城で、私利私欲を肥やした貴族達は、新たな英雄の誕生を恐れた。
各地で放棄した民衆と、清廉であるがゆえに苦渋をなめてきた心ある貴族達とともに、鳳寿は戦地を駆け抜けた。
天を駆ける龍のように、戦場で鳳寿は自在に舞う。
両の手に剣と槍を持ち、蠢く雑草を薙ぎ払い、憎き獣を討つ。
そこに迷いはなかった。
しかし。
「ぐはっ」
鳳寿の槍に貫かれた兵士が地に倒れ、頭を覆っていた頭巾が外れる。
幼いと言っても良い顔から推し量るに、鳳寿が武官になったばかりの年齢ほどだろう。
唇が小さく、母を呼ぶように動き、事切れた。
「あぁ、ああ、ああああっ」
向かってくる敵を幾十と屠りながら、鳳寿は鎧の下で血の涙を流す。
なぜ守りたいと思った民を、救いたいと願った民を、自分は殺しているのか、と。
戦で犠牲になるのは、か弱い平民と、意思を許されない雑兵達だ。
彼らに罪はない。
けれど、殺すしかなかった。
鳳寿は鎧を外して骸に縋り付き、滂沱と涙を流そうとする軟弱な己の心臓を握りしめ、修羅となって駆け抜けた。
この苦しみと悲しみを、最速で終わらせるために。
建国王の苦悩を、大将軍の悲痛を全身に感じながら、鳳寿は戦場を駆け抜けるのだ。
「なぁ、華英。馬鹿なことを言ってもいいか」
「どうしたのです?」
戦の合間の、僅かな休息の時間。
明日の作戦を纏め上げた後、夜空に散らばる無数の星を眺めていた時。
妙に改まった様子で、鳳寿が不意に口を開いた。
「あなたが馬鹿なのは昔からです。遠慮せず仰いな」
「じゃあ、ありがたく」
揶揄うように促せば、鳳寿も力の抜けた声でくすりと笑う。
そして、緩く息を吸うと、一息に呟いた。
「愛している」
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