26人が本棚に入れています
本棚に追加
4話 早すぎる再開
「アーサー達に捨てられたからって、もう違う男を見つけたの? ふふ……本当に女ね、イザベル」
「サクラ……あんた、そんな事を言うために、わざわざこんな場所まで来たって言うの!?」
「もちろんそれだけじゃないわ。アーサーを立てて、あなたを追放したけど、やっぱりそれだけじゃ私が安心できないのよね……お腹の子供と私のために、ね」
「……お腹に赤ちゃん!? だ、誰の子供がいるって言うのよ、サクラ!」
もしかしてアーサーの子供なの?
いや、そんなはずは無い。時間的に無理がある。
わたしとアーサーが婚約をしたのは一か月前。
「そのお腹にいるのは誰の子供なの……」
「さあ、誰かしら? そうねぇ……お父さんは五人の誰かだと思うよ……うふふ」
愛おしそうに、サクラはお腹を撫でているけど……ってぇ、五人の誰かが父親!?
その発言から推測するに、サクラは五人と関係を持ったってことになる。
「ねえ、いつから五人とそんな関係になったの!? あんた、こっちに来て一年も経って無いでしょ!?」
主人公補正で、アーサー以外の王子たちと関係を持った可能性はある。
でもアーサーは、サクラじゃなくわたしの事を選んでくれていた。
「あはは! またそんな悔しそうな表情して……ああ〜いいなぁ……あなたのその顔を見てると、本当にゾクゾクしちゃうわ!」
「笑って無いでちゃんと答えなさいよ、サクラっ!」
「……そうねぇ、私がこの世界に来て直ぐくらいだったかなぁ。五人と関係を持ったのは……うふふ」
サクラの言葉に、わたしの胸が張り裂けそうになった。
それと同時に、わたしの中でサクラに対して怒りが込み上げてくる。
「あら、ショックだった? あはははは! ねえ、ショックだよね。好きになった男の人に裏切られた気分はどんな気持ちなの?」
「……どんな気持ちかって? そうね、今わたしはあんたを思いっきりぶん殴りたい! そんな気持ちよ!」
今は全身全霊を込めて、サクラの顔面をぶん殴りたい気分だ。
「あっそ。だったら掛かって来なさいよ、イザベル。どのみち私とお腹の子……アーサー達と幸せに暮らすには、あんたが邪魔なんだしね!」
サクラの顔つきが変わった。
向こうは本気で、わたしを殺しにくる気なんだろうけどね。
彼女がわたしを倒しに来たことくらい、分かってた。
こうやってサクラと会った時点でね。
「いいわよ、サクラ。あんたが望むんなら、正々堂々と決着をつけてやるわ」
「あはははは! 正々堂々がいいわよねぇ……あなたが私の可愛い下僕に勝てたら、考えてあげてもいいわよっ!」
サクラの叫びに呼応するかのように、森の上空から響く不気味な咆哮がした。
この世界に来て、初めて聞く不快で生き物の鳴き声。
その声は聞いた人を不快で不安にさせる。
ズンと、地鳴りをさせてそいつはサクラの横に降り立った。
黄色く見開かれた大きな瞳、爬虫類のような顔つき。
蛇のように長い黒い身体に太く短い四本の足元。
びっしりと全身を覆う頑丈そうな鱗と、四枚の羽根。
「なによ……これ……?」
「紹介するわ、ユキ。この子は私の忠実な下僕、ファフニール……さあ、私の親友に挨拶してあげなさい」
サクラに従うように、その生き物は再び吠えた。
こんな生き物を見たことが無い。
と言うか、サクラはこんな怪獣みたいな化け物をどうして呼べるの!?
「って、リョウマ!?」
さっきまでずっと黙ってたリョウマが、わたしの前に歩み出た。
もしかして、わたしをこの生き物から守ってくれるって言うの?
「なによ、あんた。まさか、ファフニールからイザベルを守ろうとか思ってるんじゃ無いでしょね? うふふ……だったら無駄な事よ。たかが人間如きがファフニールに勝てるとでも――」
サクラが喋ってるのを気にする様子が無いみたい。
リョウマは一歩一歩と前に歩いている。
「ファフニール……全長十二メートル。全高一メートル二十センチ、体重約五トン。
ドラゴンの中でも気性が荒く、一度暴れだすと手がつけられない。
脚の爪は分厚い鋼鉄すら紙のように容易く切り裂き、吐く炎はオリハルコンすら溶かすと云う……
高い適応力を備えていて、あらゆる環境でも生きていける。
好物は人間のはずだが、その餌である人間に従うとは興味深い……」
あ、あれがドラゴン……あんなに禍々しい生き物は、人生の中でも初めてだ。
と言うか、さっきまでほとんど喋らなかったリョウマが、あのドラゴンを見たらすごく喋り始めだしてる。
無口な人って思ってたけど、なんでこんなにドラゴンに詳しいのよ?
喋りも饒舌だし……もしかしてドラゴンオタクとかだったりして。
「攻撃対象確認……これよりドラゴンを駆逐開始する」
リョウマは駆け出した。
サクラの横に立つドラゴンに向かってだ。
駆逐するとか言ってたから、本気で倒す気でいるんだ。
「無駄を承知でくるんだ。うふふ……じゃあ望み通りあんたから消してあげるわっ!」
それは一瞬の出来事だった。
分厚い巨大なタイヤを思いっきり叩いたような、重く鈍い音が聞こえたのと同時に、ドラゴンは後方へと吹き飛んでいく姿があった。
バキバキと木々をなぎ倒す音だけが聞こえている。
わたしは衝撃すぎて言葉も出ないでいた。
まるでバットを振るみたいにして、人間が巨大生物を吹き飛ばすなんて有り得ない光景を見たからだ。
リョウマの表情は、どこか不満そう。
「……やはり硬いな」
リョウマはぽつりと呟くと、ドラゴンが吹き飛ばされた方向へと走りだし、森の中へと消えていった。
「さ、これで前座はいなくなった訳だし……今度こそ正々堂々と勝負できるわね、サクラ!」
過程はどうあれ、結果的にドラゴンはいなくなった。
サクラも驚いてるのかと思ったけど、意外なほど冷静な表情を浮かべている。
「……どいつもこいつも、本当に思い通りにならねぇなぁ……頭にくるなあ、本当にっ!」
サクラは叫びながら頭を掻き毟りだした。
きれいな髪をぐしゃぐしゃにして振り乱してる。
「あんな下僕に頼ろうとした私もバカだったわ。いいわ、もう……私が直々にあんたを殺してあげるわ」
わたしを真っ直ぐに睨みつけてる。
ドラゴンのように大きく見開かれた瞳で、だ。
「やれるもんならやってみなさいよ、サクラ。そんなに簡単にやられるわたしじゃないわよ!」
最初のコメントを投稿しよう!