ティル・ナ・ノーグの幻影

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 彼のノートパソコンには、少し変わったアプリが入っている。  人工衛星が観測した小惑星表面組成データのおこぼれをもらい、宇宙のどこかを漂っている、表面が二酸化ケイ素や鉄ではない物体を探す。  SETI@homeがやっているように、膨大なデータは断片となり、民間のボランティア団体の呼びかけに応じて登録された千台弱のパソコンに送信され、バックグラウンドで解析をし、無選別の数字の渦から、該当の物体の反射スペクトルを選び出す。  酸化チタン、アルミニウム合金、ステンレス。  誰かのパソコンがそれを探し当てたら、登録者全員にメールが来ることになっている。  西島は、自分のパソコンのバッググラウンドでもそのアプリを走らせつつ、本を読んだり、株の値動きを見たり、あんなサイトやこんなサイトも覗いたりしながら、そのメールがやってくるのを日々待っている。  西島が休憩、というように伸びをしながら言った。「外に出るか」  縁台に座って見上げた星空には、秋のペガススとアンドロメダがつくる大きな四角。その中をすうっと横切っていく光の筋は、老眼でだいぶ細かいものが見えにくくなった倉持の目でも見つけることができた。  西島がここを買ったのは、街灯が少なく、暗く、静かだからだろう。 「月へ行く奴かな」同じように夜空を見上げていた西島がつぶやいた。「月に行くのが当たり前になったな」  倉持は気を遣って小さく言った。「そうだな」  そして西島は老眼鏡越しに星を眺めながら、いつもの台詞を口にした。 「どこにいるんだろうなあ、未希は」
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