ティル・ナ・ノーグの幻影

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 またひとつ、迷いのない蛍のような光が空を横切っていくのを見て、西島がまたいつものようにつぶやいた。「早く見つけてやりたいよ」  西島の足元で、コオロギが鳴く。   ――リリリリ。そうだね。 「見つかったら何て言う?」 「何て言えばいいかな」 「愛してた、は?」 「ないね。ベタ」   ――リリリリ。空に向かって何度も言ったもんね。 「すまなかった、は?」 「おれは何も悪いことしてないよ」 「たしかに」   ――リリリリ。こんなことならもっと早く結婚の二文字を言ってあげればよかった、って後悔はしてるよね。リリリ、リリリ……。    やがて、冷たさを増してきた秋の夜の空気に、倉持は「中へ入ろうぜ」と西島を促した。「何か手伝おうか」 「頼む。ゴミ、片付けて」 「また?」  坂道をひいひい登って来たウーバーイーツの親子丼を食い、散らかった畳の部屋を片づけて、ちびちびと酒を飲み、バックグラウンドで作業しながら20年前のロックや30年前のポップスや40年前のジャズや、もっと昔のバラードや、もっともっと昔のピアノソナタを流すパソコンを、時々ちらりと見る。  何も悪いことはしてない、と言った男のパソコンが、切なくブレンダ・リーを歌う。“アイム・ソーリー……”
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