お父さん

ねえ、お父さん。

　ねえ、お父さん。覚えてるかな。

　私にベートーヴェンの伝記マンガを買ってくれたよね。私はあのマンガを読んでベートーヴェンが大好きになった。これは当然、覚えてるよね。
　お父さんの書斎の立派な棚の中に山ほどのレコードがあったよね。お母さんにねだって、ベートーヴェンのレコードを出してもらったことも話したよね。お父さんはお仕事で忙しくて私の昼間の姿をあまり知らなかったかもしれないけれど、いつも書斎のソファに座ってベートーヴェンのレコードばかりを聴いていたよ。
　これはすべてお父さんがベートーヴェンを好きだったから。もしも我が家にレコードが一枚もなくて、お父さんもベートーヴェンの音楽を知らなかったら、今の私の音楽好きはないんだよ。全部お父さんのおかげ。

　ベートーヴェンは引っ越し魔だったなんて豆知識、知ってたかな。今では私のほうがずっとベートーヴェンに詳しくなったよ。でもお父さんのクラシック入門になったチャイコフスキーについてはあまり知らないや。もっと教えてくれればよかったのに。
　でも、いいの。ベートーヴェンを教えてくれてありがとう。本当に嬉しかったよ。