初恋、覚えてますか?

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「ねえ。覚えてる?」 「覚えてない」 「まだ、なにも言ってないんだけど……」 「どうせくだんないことでしょ」 「そんなの聞いてみないと分かんないじゃん」 「わかるっつーの。何年幼馴染やってると思ってんの」 「だってぇ……」 「はぁ……。じゃあ、聞くだけ聞いてあげる。なに?」 「えへへー。ねえ、初恋って覚えてる?」 「は……?」  放課後。あたしは家に帰る気にもなれず、教室で勉強に興じていた。テストが間近になる中、家ではまったく集中できずにいたのでギリギリまで学校でやろうと考えたのだ。なのに、結局ここでもあたしの集中を妨害する奴がいるらしい。  それがこの天沢みなみ。  小柄に、童顔。綺麗に整えられたロングの髪からはふんわりと甘ったるい匂いが漂ってきそうな、いわゆる「ゆるふわ系」の女子。一見すれば、あたしと天沢はまったく正反対のタイプに見られがちなのだが、これがなんの因果かもうすでに10年来の友人にだと言うのだから、世の中分からない。 「ねえ。あーちゃん、聞いてる?」 「えっ、あぁ。聞いてる聞いてる。初恋の話ね」  ちなみに「あーちゃん」と言うのはあたしのニックネームだ。本名は、有岡明日美と言う。  甘い声で、「ねえ、あーちゃん」と呼ぶ声に耳を傾けながら、あたしは首を傾げて考えた素振りを見せて、 「初恋ねぇ……。覚えてないけど、幼稚園のときかな」  と答えた。まあ、嘘を言っているつもりはない。 「えっ。あーちゃんって好きな人いたんだ!」 「聞いといてなんだ、そのリアクション」 「だって、恋とかキョーミないかと思ってたぁ」 「ないよ。ないけど、なくても恋はするでしょ」 「えぇ? そうかなぁ?」  こてん、と首を傾げる仕草がなんとも可愛らしい。こいつは多分わかってるんだ、自分がわりと可愛い面をしているということを。分かっていながらこんな仕草を自然にやるのだから、天沢みなみは想像以上にたちが悪い奴なのだ。  そんな天沢をあたしは飽き飽きしてはいるが、どうも嫌いにはなれそうにないのだ。 「それで? あたしに何か話したいことがあるんでしょ? その初恋について?」 「えへへっ。あのね」  聞いて聞いて。と子供のように目を輝かせている。天沢のこういうところは、無意識なのだろうか。 「小学校のときに同じクラスだった、小野くんって覚えてる?」 「小野……?」 「ほら、小野将人くん! 運動神経抜群で、成績優秀だった……」 「……あぁ!」  そこまで聞いてようやく思い当たる。あたしの脳内データベースに一件の該当者。いたいた。そんな奴。運動神経抜群で、成績優秀。容量がいいのか、だいたいのことは難なくこなせる、いわゆる優等生タイプ。それゆえ、どこか他人を見下し、努力を鼻で笑うようないけ好かない奴だった。  はっきり言って、あたしはあいつが大嫌いだ。 「あのいけ好かない野郎ね?」  はん、と奴の真似をするように鼻で笑う。ちょっとしたギャグのつもりだったのだが、それが気に入らなかったのか天沢は、不満げに頬を膨らませる。眉をきりりとつり上げ、似合わない顔をしていた。 「もうっ。あーちゃん、そんなこと言って!」 「なんで、みなみがそんな怒んのさ。実際、あたしあいつ嫌いだったし」 「またそんなこと言って! わたしの初恋の人、小野くんなんだけど!」  もうっ。とぷんぷん怒る天沢に対し、あたし脳はフリーズ状態だった。はっ? と首を傾げる。 「嘘でしょ?」 「本当だよっ」  目がマジだった。  確かに小野将人は、成績優秀で運動神経が良かったせいか、性格が若干アレでもやたらと女子にモテていた記憶がある。バレンタインには大量のチョコを貰っていて、優越感に浸っていた姿を何度か目撃したことがあったが……。まさか、その一人が幼馴染の天沢だったなんて……。  あたしは、溜息を吐く。 「みなみって、人を見る目ないよね……」 「そんなことないよぉ」 ――あるよ。あたしと未だに友達やってる時点であんたは見る目ないよ。  そう心の中で呟く。口に出して言ったら天沢を傷づけてしまうだろうと思ったからだ。 「それで? その小野くんがどうしたのよ」 「あっ、そうそう。さっきね、小野くんからメッセがきて」 「メッセ?」  あたしの嫌な予感アンテナがびびびっときた。  なんだか不穏な匂いがするぞ。 「コメントじゃなくて、直接DM来たの?」  確認を取るように聞くと、天沢は今日一の笑顔で「うんっ」と答えた。 「それでね。今度一緒に遊ぼうって誘われちゃって! あーちゃんも一緒に行こうよ」 「……、今の話の流れであたしが行くとでも言うと思った?」 「えぇ!? 来てくれないの⁉」 「行くか! なんで嫌いな奴と会わなきゃいけないのよ」 「大丈夫だよー。小野くんもお友達連れくるって言ってたし……」 「それ、要は合コンじゃねーかっ」  思わず叫ぶ。  なんだか幼馴染の貞操の危機を感じる。それなのに、当の本人はきょとんとしており、意味がわかってないらしい。  どうしてそうなるの? と言いたげな天沢の顔に、無性にデコピンを食らわしたくなる。もしかしてわざと言ってるんじゃないだろうか。 「とにかく。あたしは行かない。ついでにみなみも行くのやめなさい」  つい保護者みたいな言い方になってしまった。だけど、天沢が無防備なのだから、仕方がない。  対して天沢は、欲しいおもちゃを買ってもらえない子供の様に頬を膨らまし不満げだ。ぶつぶつとなにやら文句を漏らしているので、あたしは宥めるつもりで提案した。 「じゃあ、代わりにあれでも飲んで帰ろうよ。ほら、みなみが好きな……、タピオカ?」  あまり興味ないので、よく知らないけど。天沢がよく好き好んで飲んでいることだけは知っている。少しでも機嫌がよくなればと思っての提案だったが、なにやら的外れだったらしく、なぜか天沢は微妙な顔をすると、 「あーちゃん、タピオカはもう古いよ」  なんて神妙に言う。 「え? そうなの?」 「今はわたしの中で流行中なのは……、ずばり! わらび餅ドリンク! だよ!」 「……」  最近の流行りはよく分かんねえ……、と心の中でため息を付いた。  わらび餅ドリンクって……、なんじゃそりゃ……。
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