初恋、覚えてますか?

2/2
前へ
/2ページ
次へ
「ねえ。あーちゃん」  甘ったるい声が耳をかすめる。  あたしは、怪訝そうに眉を寄せて「なに?」と振り返った。 「あーちゃんの初恋の人ってどんな人だったの?」 「……聞きたいの?」 「そりゃあまあ……。あーちゃんとは幼稚園から一緒なのに、わたし全然気づかなかった」 「そりゃあそうだろうね」 「でも、幼稚園のときってことは……わたしも知ってる人だよね。きっと」 「まあ、そうなるかな」  素直に頷く。  天沢は眉間に皺を寄せて、首を傾げる。きっと、幼稚園の頃の顔ぶれを思い出しているのだろう。 「えー? わかんない。ねえ、あーちゃん。誰だったの?」  甘えるようにそう言って、あたしの袖を引っ張る天沢は妙に困った顔をしている。そんなに知りたいのかと苦笑する。 「あたしの初恋の人はね……」 「うんうん」 「天沢みなみだよ」 「……へっ?」  先程まで楽しそうな笑顔だった天沢の顔が、突如として血相を変えるからあたしは思わず吹き出してしまった。  なんだ、その阿保面は。  腹を抱えて大笑いをするあたしを見て、みるみるうちにきょとん顔だった表情が怒りを帯びていく。どうやら、冗談だと思ったらしい。実際には聞こえないはずの、ぷんぷんという効果音が聞こえてくるようだ。 「もうっ! あーちゃん! びっくりしたぁ! もうっ、意地悪なんだからっ」  想像通りのお叱りの言葉にあたしは、また苦笑いする。  意地悪とかそんなこと言って、冗談だと知って少しほっとしだだろう。そんな安心したような顔されてしまっては、本当のことなんて永遠に言えないじゃないか。  意地悪なのは、あんただよ。みなみ。  そんな言葉を喉の奥に飲み込む。  言いたくても言えない。忘れるわけないじゃないか。でも、これは覚えていいない方がいい記憶だということは重々承知だ。  だから、忘れるんだ。  いや。忘れたフリをするんだ。忘れることは出来そうにないから。  今日のことも。初めて恋をした日も。全部。  冗談だったと、笑い飛ばしてくれよ。幼馴染。  だから、あたしも。あんたに素敵な彼氏が出来るまで、この記憶は忘れたフリをしようと思う。                             了
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加