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アークロイヤルというタバコは、その男が吸っていた。
馬鹿みたいに甘いチョコレートの匂い。
芸術家気取りの芸術家で、お金にだらしない人だった。女の人にもだらしなかった。
痩せっぽちなわたしに似合うと言って、髪を切らせた。
ジェーン・バーキンがゲイの男の子にお尻を捧げる映画の、ジェーンみたいに短い髪。
そういえば、後ろからするのが好きだった。
ほんとうは男の子を抱きたかったのだろうか。
別れてから半年も経つのに、わたしは髪を伸ばせない。
バケツの水をかぶったみたいになっているのに、小さなかばんの中のタバコとライターは無事だった。何かの因縁みたい。
金曜日の朝が怖い。
ゴミの日だから。
今さら傘を買おうか迷っているコンビニの前で、知らない男の子に声をかけられた。
よく見たら、どこかで会ったことのある男の子だった。多分、生活圏内で何度かすれ違った。そういう程度の。
健康そうな男の子で、イライラした。
夜中に牛乳なんか買いに来る男の子は、健全で面白味もない。
男の子は、一緒に傘に入っていくか、とわたしに聞いた。
わたしはタバコを捨てた。
傘があってもなくても、ずぶ濡れになるような雨だった。
ひとりで金曜日の朝を迎えないために、わたしは彼について行った。
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