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しなくてもいいかと、彼女は僕のアパートの玄関前で聞いた。
僕はほっとした。
もちろん、いいよ。
もちろん、残念だけどね。
たちのぼる白い嘘。
冷えて身体にまとわりつく衣類。
濡れそぼった彼女は、孤児のようにしか見えなかった。
あるいは毛を逆立てた猫。
短い髪。
隠すもののない細い首とうなじはきれいだと思った。
玄関に、泥水に浸したみたいなサンダルとスニーカー。
あきらめて放置した。
その夜、僕は彼女と寝た。
ベッドを半分ずつ分け合って、文字通り寝た。
怒るような勢いで、雨が降り続いていた。
ばさばさというみたいな屋根の音。
「明日、ゴミの収集車は何時に来るの?」
彼女はブランケットを顎の下まで引っ張り上げながら確認した。
彼女の深刻な口調に、僕は混乱した。
しかも、このエリアのゴミの回収日は明日じゃない。
ゴミの日は月曜日と木曜日。明日は金曜日。もう、今日だけど。
「どうして、ゴミのことが気になるの?」
骨ばった仔猫みたいな女の子は、僕に背を向けた。
彼女がタバコを欲しがっているのが分かった。
でも、彼女は起き上がりは、しなかった。
「観たことがある?」
長い長い沈黙のあとで、女の子は口を開いた。
雨降りの音。
どこか遠くで、サイレンの音。
湿っぽいシーツから伝わる、人肌の温もり。
古い映画の話だと言った。
男の部屋に忍び込んで、ゴミをあさる女の話。
女のピンク色のゴム手袋。
男のゴミが語る、男の生活。
「きみの闇は深いね。」
僕はため息をついた。
ゴミを見れば生活が分かる。そうだろう。黒板を爪で引っ掻くみたいな、耳障りなやるせなさ。
彼女の背中は震えているみたいに見えた。
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