雨は毛布

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 わたしは思い浮かべる。  あのひとのマンションのゴミの集積場所。  火曜日と金曜日の朝8時まで。  いつもぎりぎりに出していた。  8時半頃には、収集車がやって来る。  収集車は、噛み砕いて飲み下す。夢の残骸。  清掃員の寡黙なたくましさ。    特に金曜の朝が、良くない。  金曜というおめでたそうな響きが、良くないのだろうか。  幸せそうな記憶と結びついているのだろうか。  木曜の夜に、相手を探す。  翌朝の8時半をやり過ごす相手を。  男のひとの筋肉は、わたしを(ひる)ませる。  それなのに、そういう相手を選ぶようにした。相手に興味を持ちたくないから。  心の中で、体育会系の見せかけの爽やかさを小馬鹿にしながら、わたしは自分をすり減らす。  その男の子はわたしの背中に触れた。 「大丈夫?寒いの?」  触らないでと叫びたいのを、堪える。  自分の話なんて、するんじゃなかった。  この子の触り方はいやじゃない。  だから、いやだ。  触って。触らないで。  雨音が存在感を増す。  触って。触って。触らないで。  触って。触らないで。触らないで。  何故、こんなに降り続けることができるのだろう。   「何か話をして。」  わたしは頼んだ。  映画とか音楽とか、そういう話がいい。  この男の子自身のことを知りたいんじゃない。  興味を持たない方が良い。  わたしだって、ピンクのゴム手袋を、付けたいわけではないのだ。  蒸れて湿気る指先。 「ジョナサン・リヴィングストンを知ってる?」  彼の声は柔らかい。  わたしは仰向けになる。  わたしは、わたしの汚れた手を男の子の手に重ねた。  雨がわたしたちを包む。  濡れた毛布で、わたしを窒息させてほしい。  とても優しく。 「ジョナサンはカモメの名前なんだ。」  
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