雨は毛布

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 タバコを吸う。  カーテンを開け、ベッドのすぐ脇の腰高の窓を薄く開けた。  飽きもせず雨が降っている。  この部屋は角部屋だったのだ。  どおりで雨音が近く感じると思った。  雨の日は匂いが強くなる。  まとわりついて留まる。  懐かしくて甘い香り。わたしは動けない。  男の子が目を覚ました。  勢いよく起き上がり、わたしの腕をつかんだ。  わたしは謝った。  家主に無断で喫煙。しかもベッドの上。  彼は首を振った。 「飛び降りるかと思った。」  わたしも首を振った。  二階から飛び降りても、死ねやしない。  わたしは水をもらった。  彼は1リットルの牛乳パックから、直接牛乳を飲んだ。  そんなに健康的でどうする気だろう。  やはり羽を生やしたいのか。  それとも、長生きでもしたいのか。  彼につかまれた腕。その手の感触が残っている。  牛乳を飲む、喉仏の動き。  意外にがっしりとした肩。  わたしを怯ませる。おびえさせる。  男の子が腑に落ちたという声を出した。  どこかで見たと思った、と。 「きみ、絵のモデル、やってるだろう。」  ひゅっと、わたしの喉が締まる。  わたしは窓からタバコを投げて、捨てた。  彼は非難がましい目を、わたしに向けた。 「ミサキってあなたの名前?」  今度は彼の喉が締まった。  ミサキがその男の子の名前ではないことは知っていた。  たまたま着信画面を見てしまったのだ。それで、目覚めた。  彼が視線を泳がせる。  分かりやすい反応をする人だ。  でも、さっきより、良い顔をしてる。  切ない顔。  かわいい。 「誰なの?」 「アニヨメ。」  新種のピラニアの名前みたい。    兄嫁。  不毛な恋。
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