君のキュンが聞こえる

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 クラスの中でも、無口でクールな冷(れい)君。彼の表情は基本的に変わらない。切れ長の瞳にクールな目元の冷君の密かなファンは結構いる。私はクールを気取った男子よりも見るからにわかりやすい反応をする優しい男子が好きだ――と思っていた。この時までは――。  「キュン」  耳に響く優し気な音は何だろう。周りを見ても音の正体がわからない。  噂話をしている女子のグループとゲームの話に興じる男子のグループと窓際にたたずむ冷君くらいしかいない。冷君は一人でいることの方が多い。彼は教室で栽培している植物を見つめている。何を考えているのかわからない。友達がいないわけではないけれど、一人の時間が好きなのかもしれない。雑音の中で「キュン」という音が響くのだが、どうやらその音に気付いているのは私のみのようだ。みんなには聞こえていないキュンの正体を探るべく耳をすます。しかし、どこから聞こえるのかもわからないままだった。音の響きは甲高いけれど決して耳障りではない。優しい音色だ。  放課後冷君が校庭のうさぎを見つめている。相変わらずマイペースな彼に掃除当番である私は注意しなければいけない。使命感であふれた私が彼に近づくと先程聞こえた「キュン」という音が聞こえた。ここは校庭。そして、掃除の時間なので校庭には誰もいない。――ということはこれは冷君から聞こえるのだろうか? それについて考えてみるが、科学的根拠が乏しい。ありえないのだ。声以外の音がこんなに鮮明に響くのだろうか? そして、私にだけ聞こえるというのだろうか? 「うさぎ、好きなの?」  うさぎを見つめる冷君に問いかける。先程まで掃除当番の義務について語ろうとしていたことを忘れていた。 「別に……」  という答えと裏腹にもう一度かわいげのあるキュンが鳴り響く。  冷君は声にこそ出さないが、とてもうさぎが好きだということだろう。そして、そのことはキュンが聞こえる私にしかわからない。密かな楽しみができた。いつも冷静で表情の変わらないクール男子の冷君が実はうさぎに対してこんなにキュンキュンしていた。その事実に私の方がキュンキュンしてしまう。これから、冷君を観察して、キュンキュンしている彼を遠目で観察しよう。人の内面は普通は見えないけれど、なぜか冷君限定で聞こえるようになった私は、顔立ちの整った顔をじっとみつめてにやりとする。  その表情に気づいた彼は不可解な顔をする。それはそうだろう。一緒のクラスだという程度の関係の私が急に二ヤついているのだから。それから私の冷君への観察行動が始まった。冷君はいつも登校すると、朝一で窓際の植物を観察する。その時に1キュンする。そして、窓の外を見て、うさぎ小屋を見つめながら2キュンする。ちょっとしたことで胸を高鳴らせる冷君は案外温かいようだ。そんな彼の音が日々心地よくなる。それは多分、彼の優しさを感じるからだろう。  そんな穏やかな日々の中、彼のキュンに異変が起こる。同じクラスの氷室さんを見るときにキュンという音がする。これは、冷君の恋なのか? いや、勘違いか。私はただ、それを見つめているしかない。でも、もやっとする。何だろう、この気持ち。  氷室さんは美しいし、勉強も運動もできるヒーローみたいな存在だ。  無頓着そうな彼でも惹かれる可能性は充分にありうる。私と比べたらすごくきれい。ってなんで比べるんだ私。  氷室さんが冷君に話しかけてきた。彼は意外にもキュンを発しない。なぜだろう?  氷室さんは美しい笑みを発する。すると、冷君の視線が氷室さんのカバンに向く。  氷室さんのカバンのマスコットは、うさぎのかわいいデザインだ。    つまり冷君はそのマスコットを見てキュンをしていたのだろう。  安堵する私。  キュンという音は、勘違いだったので一安心。  いつのまにやら、私は冷君と少しずつだが、植物や動物ネタで話せるようになっていた。 「私、キュンって音が聞こえるの」 「キュン?」 「人がグッと来た時に発する胸の内の音が聞こえるんだ。例えば、かわいいとか好きだとか思った時に聞こえるの。しかも、冷君のキュンだけが聞こえるの」 「何馬鹿なこと言ってるんだよ」  相変わらず表情は変わらない。無愛想な冷君。  一緒に帰宅した時、なんとキュンという音が聞こえる。  何か景色を見てきゅんしてる? それとも、鳥とか花とか?   もしかして、私のこと見てキュンしてる?  彼と目が合う。今、とてもとてもときめいている自分がいた。  「私はきゅんしてるよ」  言葉で伝える。  するとものすごく大きなキュンが聞こえる。 「今、キュンって鳴ったね」 「さあな」  冷君はそのまま歩いて行く。 「何度でも勝手にキュンキュンしてればいい」  まっすぐなまなざしで言われると私はキュンキュンが100回以上鳴ってしまうだろう。  キュンという音は今日も聞こえる。  確実に冷君は私と一緒にいる時にキュンしているということは、確認済みだ。  今日は、あと一回キュンとさせてみようかな。
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